戦時中 日本軍が実施した完璧な「奇跡の撤退作戦」支えたのは“足の速い新型駆逐艦”と“画期的な上陸艇”だった?
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当初は潜水艦に頼るが失敗…
輸送船や駆逐艦を用いて夜間に撤退救出作戦を行うのが最善策であることは分かっていましたが、ソロモン諸島での戦いで多くの艦艇を消耗しており、海軍は北方の重要でない島の撤退のために艦艇を割くことに消極的でした。事実、大本営の決定でアッツ島の救出は断念されています。
しかし、アッツ島を見捨てる代わりに、当時北方軍司令官だった樋口季一郎中将は、キスカ島の撤退だけは何としても実行することを認めさせました。
当初は潜水艦による救出が行われました。10隻以上の潜水艦がキスカ島に接近し、最終的には約900名を救出しました。しかし、アメリカ軍の哨戒網は強力で、3隻の潜水艦を失い、多くが損傷したため、この作戦はすぐに中止されました。
残る約5000人をどのように撤退させるか。大本営は頭を悩ませました。制空権・制海権をアメリカに奪われたままで近づけば、撤退船団の壊滅的損害は避けられません。
しかし、日本海軍はひとつの希望を見出しました。それは「キスカ島周辺にはしばしば濃霧が発生すること」と「濃霧下でも索敵できる最新式レーダーを搭載した高速水上艦を保有していたこと」です。そこで考えられたのが、軽巡洋艦と駆逐艦を用いた高速撤退作戦でした。
特に重要な役割を担ったのが、新型駆逐艦「島風」で、二二号電探と三式超短波受信機(逆探)という日本海軍としては最新鋭のレーダーを装備していました。
濃霧が発生すれば、アメリカ軍の爆撃機は飛べず空襲を回避できます。さらに「島風」はレーダーで敵を索敵でき、40ノットの高速航行能力もあり、撤退戦に最適でした。
新たな撤退作戦の実行部隊である第一水雷戦隊の司令官に着任した木村少将は、気象専門士官の派遣と駆逐艦10隻、最新鋭「島風」の投入を要望。こうして「奇跡」と呼ばれるキスカ島撤退作戦は始まりました。
※画像修正しました





島風ではなく、雪風の画像になっています
「島風」とされる写真は、明らかに「雪風」です。
誤字「指揮」X → 「士気」もありました。
駆逐艦雪風の写真が堂々と島風として載せられてるぞ
「島風」の写真が「雪風」になっているかと思います。
島風の画像が雪風なんだが(´・ω・`)
後指揮でなく士気
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