「廃止するとは夢にも思わなかった」 115年の歴史に幕「留萌本線」熱狂の最終日を追った 「まだ乗れる!あと10人!」
日本一短い「本線」となっていたJR留萌本線が、2026年3月31日に運行を終えました。最終日は様々なイベントが行われ、午前の和気あいあいとした雰囲気が終列車になると一変。最後の1日を追いました。
「気長に待ちましょう」和気あいあいの最終日
「今年の雪は少なかったよ」と地元の人は話します。その言葉の通り、道路には雪はなく、根雪がところどころ残っていました。
3月31日の天候は晴れ。一番列車を北一已(きたいちやん)―秩父別(ちっぷべつ)間で撮影します。やってきたのは1986年導入のキハ54形500番台による3両編成。翌年に民営化を控えた国鉄が“置き土産”に導入したローカル気動車です。この前日(30日)から特製ヘッドマークが装着されたと沿線にいたファンはいいます。
沿線は地元警察署のパトカーが巡回していたものの、とくにトラブルなどはなく、「本当に今日が最終日か」と思うくらいの状況で比較的落ち着いた雰囲気でした。知られた撮影地でもある秩父別駅が望める国道の跨線橋に行くと大勢の撮影者がいましたが、和気あいあいと「遅れてますね。気長に待ちましょう」と順光となる午前の列車を撮影。
最終日しかも3両編成に増結しても、あくまでもワンマン列車を貫くJR北海道。ドアの開閉は先頭車前ドアのみとしていたため、乗り降りに時間がかかり、どの便もおおむね十数分の遅延が出ていました。
さて、今回廃止される14.4kmの路線には函館本線側の起点である深川、北一已(ここまで深川市)、秩父別、北秩父別(ここまで秩父別町)、そして終着石狩沼田(沼田町)の5つの駅があります。1市2町がそれぞれの駅で地元住民によるおもてなしやお見送りを展開。難読駅であり、1954年に日本初の民間委託駅として開業したと知られる北一已では、1956年に廃駅となった深名線の宇津内駅舎を解体し再利用したとされる木造駅舎の前で、地域住民約50人が集まり記念撮影を行い、名駅舎とのお別れを偲んでいました。
また、石狩沼田駅では午前11時よりJR北海道主催のお別れセレモニーが行われました。主催挨拶に立ったJR北海道の島田 修会長は「以前留萌線でSLすずらんの運行で担当者として関わらせていただいた。当時はまさか廃止するとは夢にも思わなかった」と陳謝しました。
沼田町横山茂町長は、「留萌線を存続できず、町民と全国の応援団に心からお詫びを申し上げたい」と涙ながらに語ると「ここから新たな町の駅、石狩沼田駅物語が始まることを宣言する」と、残された駅舎を活用してのプロジェクトが始動する趣旨の発言が聞かれました。
なお、お別れセレモニーは深川・秩父別両駅でも行われ、深川駅にはJR北海道から綿貫泰之社長、秩父別駅には萩原国彦常務取締役がそれぞれ出席しました。





「赤線区」に駅名として挙がっている「北海道医療大学前」は「北海道医療大学」が正しい。
また、「黄色線区」のうち「室蘭本線」の区間は「岩見沢―苫小牧」ではなく「岩見沢―沼ノ端」である(起点側・終点側を正しく意識するなら「沼ノ端―岩見沢」)。