「昭和生まれの電車」一番多く残る私鉄は? 大手16社を比較したら“西高東低”だった
令和の現在、その数を減らしている昭和生まれの電車。大手私鉄16社で保有車両に占める割合を調査したところ、関西と関東で大きな差が見られました。
昭和生まれの電車とは?
令和の現在、昭和生まれの電車はその数を減らしています。しかし、大手私鉄だと各社で減り方に差があり、昭和生まれの電車が皆無に近くなった会社もあれば、半分近くが昭和生まれという会社もあります。2026年3月末現在で、大手私鉄16社が保有している車両のうち、「昭和生まれ」の割合を調べてみました。
ひとえに「昭和生まれ」といっても、どのように数えれば良いでしょうか。昭和は1989(昭和64)年1月7日に終わっていますが、この時までに登場した車両を「昭和生まれ」と考えて良いでしょう。
しかし、昭和から平成にかけて製造が続いた場合は、昭和生まれと同じ電車が平成にも生まれたことになります。この、いわば「平成生まれの昭和の電車」は東急9000系や1000系、西武2000系、阪急8000系などが挙げられます。なかでも東急1000系や阪急8000系は最初の編成は1988(昭和63)年に登場しましたが、昭和に登場したのは両者とも1編成だけで、ほかの大多数は平成時代に製造されています。
ということで、ここでは単純に「登場年が昭和」の車両と、「製造年が昭和」の車両の二つの指標を用いました。先の阪急8000系だと、「登場年が昭和」の場合は8000系の全車両をカウントしていますが、「製造年が昭和」の場合は最初の1編成(8両)だけをカウントしています。
また、営業用の電車だけではなく、貨車や機関車なども含めて計算しています。2026年3月末で大手私鉄16社が保有している車両のうち、「登場年が昭和」の現役車両と「製造年が昭和」の現役車両を数え、その割合を算出しました。





わかりにくい
関東私鉄では車両更新より新型車両を入れた方がコスト安になると言う事情があるんでしょう。
関東の私鉄は相互乗り入れが多く、相互乗り入れが少ない関西の私鉄よりも、長時間連続運転しているから、車両にガタが来るのも早いので、結果、関西の私鉄の車両のほうが、長生きしている。
阪急電鉄が際立って昭和の車両が多いのには、1995年1月17日に起きた、阪神・淡路大震災で神戸線を中心に線路施設の大規模損壊があり、車両更新のための資金が限られたことが大きいでしょう。また歴史的経緯により神戸線・宝塚線の車両限界よりも京都線の車両寸法が大きく、京都線の車両を回すということができなかったのもありました。同じく線路施設・車両基地ともに甚大な被害を受けた阪神電気鉄道では、車両も多数被災したために新造ぜざるを得ず、結果的に車歴が若返りしました。さらに阪神電車では近鉄との相互乗り入れのための車両製造に迫られたのも経年の浅い車両が多くなる要因となりました。
在阪大手私鉄は、いずれも車両検修には定評があり、京阪電気鉄道や阪急電鉄の車両は50年選手の車両でも新品同様の座席モケットによく整備された走行装置といった、「とことんまで使い倒す」企業風土があります。東京のように地下鉄を介した広域の相互直通運転がなされなかったことから車両限界を揃える動きはほぼ無く、高度成長期の乗客急増とて首都圏ほどではなかったことから旧い車両をかき集めて輸送力を確保できたことから(特に架線電圧昇圧を控えた近鉄奈良線の、車両長もドア数もバラバラの編成)、小刻みに新車を投入することとなり、結果として車両の長寿命化が図られたようです。