住宅街に「ほんのちょびっと廃線跡」これは一体…? 公園の中にも“ほんのちょびっと” 実はかつての“軍事遺産”残る痕跡
JR青梅線から徒歩15分ほどの住宅街に、使われていない線路が一部残されています。これは一体なんでしょうか。
基地内に残されたレールも保存
北へ分岐した2本の中神引込線通りは、いずれも立川基地跡地を囲む市道の昭島6号線へと合流します。
中神引込線は、立川基地の昭島側へ通じていました。しかし、1977年に基地が全面返還されると役目を終え、約1.9kmに及ぶ引込線は使用されなくなり、翌1978年7月1日付で正式に廃止されました。
立川基地跡地は返還後、さまざまな再開発が進められました。その代表例が、立川市側に整備された国営昭和記念公園です。
一方、中神引込線が通っていた昭島市側には、かつて米軍関連施設の洗濯工場があり、その出入口は「ランドリー・ゲート」と呼ばれていました。
現在、付近には「富士見通り」というバス停がありますが、かつては「ランドリーゲート」という名称でした。松任谷由実さんの楽曲『LAUNDRY-GATEの想い出』がこの立川基地周辺を題材になっていたことは、この辺りでは広く知られているそうです。
現在、この一帯は国際法務総合センターやむさしの公園として整備されており、公園内には中神引込線の遺構が2か所残されています。
1か所は、公園内西側の道を跨ぐようにレールが敷かれています。そしてもう1か所は、一見すると小さな駅のようにも見える休憩施設として残っています。
いずれもレールは当時のものですが、ベンチやアーチ状の屋根は後年に設置されたものです。こちらも柵などで囲われることなく、間近で戦中から敷かれたレールのサビや木材の腐朽をリアルに見ることができました。
訪れた際には、この廃線跡を眺める人が見られたほか、遊んでいる子どもたちからは「なぜこんな場所に線路があるの」と不思議に思う声も挙がっていました。
レールは敷設当時の位置のまま保存されており、分岐点から直進したルート上に位置していたとみられます。むさしの公園の整備する際、残されていたレールは土地の歴史や記憶を後世へ伝えることを目的に「廃線跡モニュメント」として整備されたそうです。





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