「銀座唯一の踏切」が物語る築地の歴史 特急貨物列車が行き交った東京市場線

東京・銀座の片隅に、古い踏切警報器がぽつんと残されています。そこには、東京の食生活を支える重要な線路が通っていました。

東京の「食」を支えた貨物線

 東京・銀座の繁華街から東京高速道路の高架線に沿って浜離宮の方へ歩いてくると、銀座郵便局横の歩道に、古い踏切警報機がぽつんと立っています。立て札には、「銀座に残された唯一の踏切信号機」。しかし、周囲に線路はありません。

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ベルサール汐留の前にぽつんとたたずむ浜離宮前踏切。説明には「踏切信号機」とあるが、「踏切警報機」が正しい(2018年5月、栗原 景撮影)。

 踏切の名前は「浜離宮前踏切」といいます。実は、ここにはかつて東京の「食」を支えた極めて重要な鉄道が通っていました。

 それは、通称・東京市場線。1935(昭和10)年2月、築地市場の開場と同時に開業した長さ1.1kmの貨物線です。

 旧浜離宮前踏切の西側には、日本テレビや電通本社などが並ぶ「汐留シオサイト」があります。ここは、1986(昭和61)年まで国鉄汐留貨物駅があった場所。東京市場線は、広大な貨物駅の片隅から線路が延び、浜離宮前踏切と朝日浜離宮ホールの横を通って、築地市場につながっていました。現在、線路の跡は幅8mほどの道路に変わっています。

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案内板も設置から30年以上が経過し、すっかり色あせてしまった(2018年5月、栗原 景撮影)。
高速道路が通る海岸通りは、昭和30年代初頭まで汐留川だったところで、東京市場線も鉄橋で渡っていた(2018年5月、栗原 景撮影)。
1948年に米軍が撮影した汐留と築地市場。線路は汐留川と築地川を鉄橋で渡っていた(国土地理院の空中写真を筆者が一部加工)

 2018年11月に豊洲に移転する築地市場。上空から見ると、水産仲卸売場の建屋がきれいな円弧を描いています。昔はこの外周に線路が敷かれ、東京市場駅と呼ばれていました。築地市場は、国鉄の駅でもあったのです。

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