転々と場所を変えた京王線の始発駅「新宿」 その歴史をたどる 悲願の繁華街到達も…

京王線の始発駅である新宿は今、JR線の西側の地下にあります。しかし現在の地に落ち着くまで、駅は改称と移転を繰り返しました。当時の新宿の中心を目指して延伸するも、戦災が暗い影を落とします。

山手線を越え東側へ 駅名を変更し元祖ターミナルデパートも

 現在の新宿駅付近が栄えてくるのは昭和に入ってからで、それ以前の停車場前駅付近は、新宿駅裏ばかりでなく新宿の町外れでもありました。

 京王電気軌道は少しでも新宿の繁華街近くに駅を設けることを目指し、1915(大正4)年5月31日、かつての宿場(内藤新宿)の西端付近、現在の伊勢丹新宿店の筋向かいの路上(現・明治通り)に「新宿追分」駅をつくり、始発駅としました。

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山手線の内側に、京王線の四谷新宿駅が描かれている。一部をトリミング(画像:「京王電車沿線名所図絵」1930年、吉田初三郎)。

 京王電気軌道の悲願だった市街乗り入れが達成され、笹塚駅始発時代の1913(大正2)年下期に1日平均750人だった乗客数は、1917(大正6)年下期は1日平均5600人へと飛躍的に増大しています。すぐ近くには東京市電(後の都電)の停留所と車庫があり、それに乗り換えれば四谷、麹町方面へ向かうことも簡単でした。1933(昭和8)年にはその車庫の跡地に伊勢丹新宿店が開業しています。

 この新宿追分駅は路面電車の停留場のような駅でしたので、交通が混雑してきた1927(昭和2)年、さらに東へ100mの場所に地下1階、地上5階の京王ビルを建て、そこへ駅を移設させます。四谷にも近いということをアピールしたかったようで、1930(昭和5)年には「四谷新宿」駅と名称を変更しています。

 京王ビルは1階が駅、2階以上は商業施設などでした。完成の翌々年、東京におけるターミナルデパートの草分けとなる新宿松屋デパートを同ビル内にオープンさせています。当初は営業成績がよく売場面積を拡張するほどでしたが、1933(昭和8)年の火災による損害と営業不振(伊勢丹ができた影響もあったでしょう)から閉店となりました。翌年には喫茶・食堂・宴会場・ビヤホールなどが入る京王パラダイスが開業。1936(昭和11)年からは京王電気軌道(後に京王帝都電鉄)の本社ビルになっています。

【地図】京王線の新宿駅 転々とした場所とは

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コメント

1件のコメント

  1. 「四谷にも近いということをアピールしたかったようで」

    違いますよ。そこが旧東京市四谷区だったからです。近いのではなく、四谷そのもの。

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