枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)の記事一覧
Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx
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砂利・軍需品から競馬ファン・囚人まで! いろいろ運んだ異色の国鉄線、廃止50年だけど一部現役の数奇な歴史
50年前の1976年9月20日、国鉄下河原線が廃止されました。現在は武蔵野線の一部としてその姿を残すこの路線は、砂利輸送から始まり、競馬輸送、軍需輸送など時代に翻弄された歴史を持ちます。
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中央線の立役者だった「明治の鉄道王」 全国展開した「軽便王国」は建設費10分の1も…10年あまりで見えた限界
甲州財閥の雄、雨宮敬次郎は中央線の前身である甲武鉄道の経営で成功を収め、安く建設できる「軽便鉄道」網を広げました。しかし、彼が築いた「軽便王国」は一代で終焉を迎えます。
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埼京線になるはずだった? 22kmの新路線は埼玉県知事も「有利」と太鼓判 沿線の期待を乗せた計画なぜ消えた
大正末期から昭和初期にかけて、大宮と大塚を結ぶ「東京大宮電鉄」の計画がありました。後の埼京線に似たルートをたどるこの幻の路線は、なぜ実現しなかったのでしょうか。
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高架下に“歴史と情報”がギッシリ! マニアックな展示も楽しめる「地下鉄博物館」、記念の年に向けた“次の一手”は?
東京メトロ東西線葛西駅の高架下にある地下鉄博物館が、2026年7月に開館40周年を迎えます。日本初の地下鉄専門ミュージアムとして誕生した同館は、限られたスペースながら充実した展示で、現在も多くの人々を魅了しています。
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通話も通知もできない「鳴るだけ防犯ベル」なぜ設置? 列車の治安と国鉄の苦肉の策 でも10年ほどで消滅
1960年代、列車内での強盗事件が相次いだことを受け、国鉄は客車に「車内防犯ベル」を設置しました。乗務員には直接通報できないこの装置が導入された背景と、その後の顛末を追います。
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年間175億円 新幹線の“線路使用料”どうなる? 国「もっと払えるはず」vs JR「過去の話と違う」それぞれの言い分
整備新幹線の貸付料をめぐり、国と、運行を担うJR各社の間で、開業31年目以降の考え方について見解が分かれています。「できるだけ多く払ってほしい」国と、「安くしてほしい」JR側、それぞれの言い分を見ていきます。
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鉄道の「こども運賃50円」なぜ今? 経営戦略だけじゃない、カギとなった“法の縛り”や技術の進化
鉄道各社で、ICカード利用時のこども運賃を一律50円や75円にする動きが広がっています。少子化対策の一環ですが、なぜ今まで実現が難しかったのでしょうか。背景には運賃制度の“縛り”や、技術の進化がありました。
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JR四国が導入している「共同経営」、原点は80年前の香川に? 日本初の“先進的”な運賃制度とは
R四国が徳島県で始めた鉄道とバスの「共同経営」が注目されています。その仕組みの根幹にある「運賃プール制」は、実は約80年前の香川県に、日本初の導入事例がありました。
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山手線直通も? 都心乗り入れを夢見る西武新宿線 戦前に存在した「幻の延伸計画」
西武新宿駅は新宿駅から500mほど離れており、乗り換えに不便です。しかし、戦前から新宿駅へ直接乗り入れる計画が存在しました。幻に終わった都心乗り入れ計画の経緯をたどります。
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わずか2路線で消えた「幻のモノレール」なぜ不遇の結末に? 最高120km/h、鉄の車輪で挑んだ“夢の技術”
60年前に相次いで開業したものの、今では消滅した「ロッキード式モノレール」。航空機メーカーが開発した意欲作でしたが、なぜ2路線のみで終わってしまったのでしょうか。
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「0番線」は幻だった? 準備万端の綾瀬駅で5年間使われなかったワケ
東京メトロ千代田線の綾瀬駅には、全国的にも珍しい「0番線」が存在します。しかし、このホームは準備されていたにもかかわらず、開業から5年以上も使われない“幻のホーム”でした。その背景には、利便性とダイヤをめぐる複雑な事情がありました。
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埼玉県の鉄道延伸「あと数マイル」計画どうなった? 実現への“それぞれの壁”と最も可能性が高い路線
埼玉県が掲げる「あと数マイル・プロジェクト」は、東京都内の鉄道4路線を県内へ延伸する構想ですが、コロナ禍もあり、計画は当初の想定通りには進んでいません。現状と課題を確認します。