国鉄の基幹路線になるはずだった? 「阿武隈急行」完成まで25年の紆余曲折 またも地震被害

2022年3月の地震により、一部区間で運休が続く阿武隈急行線。近年、台風など災害の影響を何度も受けている路線ですが、同線の過去を振り返ると、紆余曲折を経て開通に至っています。当初、その大きな役割は、「東北本線のバイパス」でした。

「東北本線バイパス」として丸森線建設へ

 その後、日本鉄道の開業で沿線が活気づくと、阿武隈川ルート沿線の人々から鉄道誘致運動が起きます。1922(大正11)年に制定された鉄道敷設法で「福島県福島より宮城県丸森を経て福島県中村(現在の相馬市中村地区)に至る鉄道、及び丸森より分岐して白石に至る鉄道」が盛り込まれました。しかし着工には至りませんでした。

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阿武隈急行線の路線略図(地理院地図を加工)。

 建設の動きは戦後です。東北本線の輸送量が増加すると、福島駅付近、とくに藤田~白石間の越河(こすごう)峠の単線勾配区間が難所になりました。増発された優等列車は常磐線経由になります。そこで、越河峠の迂回路線として阿武隈川ルートが再浮上。東北本線のバイパス路線として1962(昭和37)年に着工し、1968(昭和43)年4月に槻木~丸森間が「国鉄丸森線」として開通します。

 一方、東北本線の強化策も同時進行していました。1961(昭和36)年に福島~仙台間が交流電化され、1967(昭和42)年に福島~槻木間の複線化が完成しました。東北本線の輸送力が強化されたため、阿武隈ルートを迂回する必要がなくなります。

 それでも丸森~福島間の建設は続けられました。しかし、行き止まり路線である丸森線の利用者は少なく赤字に。この頃、国鉄の累積赤字問題が浮上し、各地で赤字ローカル線の整理、新線建設の中断が相次ぎます。

【阿武隈急行線の前身】「国鉄丸森線」時代の写真

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コメント

1件のコメント

  1. 私のふるさと丸森町。旧丸森線は1日5往復で、日本一の赤字路線だったと記憶しています。故郷を離れ東京にいましたが、丸森線が阿武隈急行と名前を変え、丸森駅から福島駅まで開通したときはとてもうれしかったですね。地元では親しみを込めて阿武急と呼んでいます。丸森町の「阿武隈ライン舟下り」はこたつ舟がありマスコミに取り上げられました。不動尊公園キャンプ場も人気があると思います。震災や台風など阿武急も丸森町も被害を受けましたが、その都度頑張って復興を目指しています。頑張れ阿武急、頑張れ丸森町。

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