小田急の電車が新宿~海老名~横浜直通!? 最古の「1形」電車が物語る混沌の時代

小田急電鉄の前身「小田原急行鉄道」が開業したのは1927年です。当時の生き証人1形電車が、「ロマンスカーミュージアム」で保存されています。この電車は一時、“東急”の電車として、今では考えられないルートも走っていました。

進駐軍用になった1形 けっこう贅沢な仕様に

 開業以来、1形は新宿~稲田登戸(現在の向ヶ丘遊園)間を結ぶ各駅停車用として使われました。ちなみに、当時の小田急で各駅停車が運行されていたのは稲田登戸駅までで、ここから小田原駅までは「直通」と呼ばれる種別のみが運行されていたそうです。

 最初は単行、あるいは2両編成でしたが、次第に利用客が増加したため、1941(昭和16)年に編成を組むモハ2が片運転台に改造されます。この際に、運転席と客室との仕切り壁も設けられましたが、運転台直後の側扉が運転席の拡大で使いにくくなったこともあり、モハ9とモハ10では扉位置の移設も行われました。

Large 20230115 01
ドアで隔てられた乗務員室はない(安藤昌季撮影)。

 1942(昭和17)年に小田急は「大東急」の一画として吸収合併されます。大東急とは、現在の東急電鉄、京王電鉄、京急電鉄、相模鉄道を中心とした大私鉄で、1形は東急デハ1150形に形式変更されました。

 太平洋戦争終戦後の1946(昭和21)年には、日本を占領した連合国により、進駐軍専用列車の運行が求められました。1形モハ10(デハ1160)など4両が、茶色の車体に白帯を巻いて、連合軍専用車両「白帯車」となります。

 ガラスや布地が不足したため、一般車両では側窓や座席が板張りとされた中、白帯車は継ぎ目のない窓ガラスを備え、座席には青いモケットを敷くなど大きな差があったようです。そして当時は大東急ですから、この列車は新宿駅から海老名経由で横浜駅に至るという、現在では考えられないルートを走っていました。

【写真】小田急初の電車「1形」の車内を見る

【鉄道特集】往年の名車、活躍中のエース どんな車両? 国鉄時代の思い出も

最新記事

コメント

1件のコメント

  1. 相鉄モハ1000(元小田急モハ1)は大東急時代から東急厚木線時代の相鉄線に応援に入っていたものの一部で、

    同様に応援に入っていたデハ1100·1300·1800といった車両(1951年の一斉改番で2000系と3000系に編入)とともに1949年に相鉄に譲渡されたもので、

    モハ1000にも3両固定編成になったものがありましたが、中間に入った車両は運転台機器を撤去して中間車化されていたようです

    (後年、日立電鉄と京福電気鉄道·福井支社に譲渡)。

    モハ1004は小田急経堂工場の火災で焼けた車両で、他の車両とは外観が違っていました。修復は相鉄星川工場で行われたようです。

    モハ1007~1009は単車のまま、電気機関車(ED10形)の代走ができるよう改装が行われた後、1965年に荷電化されモニ1000に。

    この車両も1978年、日立電鉄に旅客車として譲渡されていますが、荷電時代の中央の両開き扉はそのままでした。

記事ランキング

  1. ロシア軍の戦闘機が「真正面から撃破される瞬間」を捉えた映像が公開 ドローンの突入を防げず
  2. 海自の潜水艦が発射した魚雷が「揚陸艦へ突進」 雷跡を上空から捉えた珍しい写真が公開される
  3. ロシア海軍の潜水艦に「異変」! 衛星画像の分析で明らかに 船体に“巨大な傘”を設置か イギリス国防省が指摘
  4. 「海自最大の護衛艦」と「世界最大級の軍艦」が洋上で並んだ! 圧巻の編隊航行を上空から捉えたショットが公開
  5. 片山さつき大臣「実態調査はじめます」 街のクルマ屋の「保険代理店打ち切り」問題に新局面 ビッグモーター事件の余波に再び切り込む!
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. ロシア軍の戦闘機が「真正面から撃破される瞬間」を捉えた映像が公開 ドローンの突入を防げず
  3. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  4. 航行中の護衛艦「かが」の周辺に「巨大な海洋生物」が出現! 艦艇勤務ならではの光景を海自公式が公開
  5. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号