ホンダ「前代未聞のスゴいスクーターどや!」→10年後に人気爆発!? ビッグスクーターブームの「偉大なる角目センパイ」モデルとは?
1990年代後半に一大ブームを巻き起こしたビッグスクーターのカスタム車。渋谷や原宿にたむろする若者たちの人気を得ましたが、マジェスティ250と並んで注目されたのが、ビッグスクーターの草分け的存在であるフュージョンです。
生産終了…のはずが数年後に再生産決定!?
しかし、ここで予期せぬ事態が起こります。1990年代中盤からジワジワと増殖していたビッグスクーターのカスタム車が、1998(平成10)年頃より大ブームを巻き起こします。
当時、ブームを牽引していたのは1995(平成7)年に発売されたヤマハ・YP250(マジェスティ250)で、当時の渋谷・原宿界隈にはボディに装備したスピーカーから、爆音でヒップホップや浜崎あゆみの音楽を流しながら疾走するマジェスティ250の姿もしばしば。その結果、「若者がファッション感覚でビッグスクーターを楽しむ」という、それまでのホンダには到底予測できなかったであろう現象が発生したのです。
マジェスティ250は当時のビッグスクーターブームの象徴的モデルとして、抜きん出た人気を得ていました。しかし、このカテゴリーを切り開いたのはフュージョンです。ビッグスクーターユーザーの中には、このカテゴリーを掘り下げるべく「草分けのフュージョンのほうがしびぃ(渋い)」「ビグスクでも旧車がカッケェ(カッコ良い)」とする向きもあり、生産終了となったばかりのフュージョンが中古車市場で人気が沸騰。
思わぬ経緯で、フュージョンの支持が集まったことを受け、ホンダでは2003(平成15)年にフュージョンを復活させるという異例の事態に至り、以降2007(平成19)年まで生産を継続しました。
今から振り返れば、ビッグスクーターブームを牽引したのはマジェスティ250でしたが、それでもフュージョンが特別な存在として一部から羨望の眼差しを受けていたのは、当時としてはやや古典的にも感じるカクカクしたデザインにあったようにも思います。
当時のファッションは前衛的なデザインより、クラシカルでシンプルなものが特に好まれた時代。この感覚に近かったのがフュージョンのデザインであり、さらに当初のフュージョンが「大人向け」だったことも、かえって背伸びしたい当時の若者たちの心に刺さったようにも感じます。
Writer: 松田義人(ライター・編集者)
1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。





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