垂直尾翼を失っても飛び続けた!? 米大型爆撃機が半世紀前に起こした奇跡 JAL123便を想起させる“絶望的状況”からの生還
垂直尾翼を失えば、飛行機は制御不能に陥り墜落を免れません。しかし1964年、米軍のB-52爆撃機が、乱気流により尾翼の8割以上を失いながら約6時間も飛び続け、無事帰還しました。絶望の空でクルーたちが挑んだ、執念の操縦劇の全貌に迫ります。
垂直尾翼の約83%を失っても飛び続け無事生還!
飛行機というと、プロペラ機にしろジェット機にしろ、大きな主翼に垂直尾翼、そして比較的小さな水平尾翼またはカナード翼というのが基本形でしょう。いまでこそ、無尾翼機や全翼機もメジャーになりつつありますが、そういった特殊な形状をした飛行機でない一般的な飛行機の場合、万一、飛行中に垂直尾翼を失ったら、安定した操縦が困難となり、墜落に至る場合がほとんどです。
しかし、アメリカの核戦略の一翼を担うボーイングB-52「ストラトフォートレス」において、過去に方向舵も含めた垂直尾翼の約83%を失ったにもかかわらず飛び続け、無事生還した例がありました。
そもそもB-52は、いまから74年前の1952年4月15日に初飛行した「傑作長寿爆撃機」です。同機は当時、激化の一途をたどる東西冷戦において、大陸間飛行を行って旧ソ連など東側諸国を核爆弾で爆撃する任務、すなわち国家の存亡を託された戦略爆撃機として生まれました。
当初、B-52は高高度を飛行して敵国領空に侵入するというコンセプトで開発されましたが、迎撃戦闘機と地対空ミサイルが性能を向上させたことにより、安全だった高高度侵入方式もやがて危険になってしまいました。
そこで、当時の地対空ミサイルとその誘導レーダー、そして迎撃戦闘機にとってはまだ発見・誘導・追尾が難しかった低空での侵入が、B-52で可能なのかどうか、そしてそのような運用にシフトした場合、どのような改修を加えれば有効なのかという点を探るべく、飛行試験が開始されます。
こうした飛行試験の一環で、ボーイング社は1964年1月10日、アメリカ空軍から一時貸与されているB-52Hを用いて低空侵入の飛行試験を実施していました。クルーは、チャールズ“チャック”フィッシャー(ボーイング社のインストラクター・パイロットで機長)、リチャード・カーリー(パイロット)、レオ・コース(コパイロット)、ジェームズ・ピットマン(ナビゲーター)の4名です。





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