垂直尾翼を失っても飛び続けた!? 米大型爆撃機が半世紀前に起こした奇跡 JAL123便を想起させる“絶望的状況”からの生還

垂直尾翼を失えば、飛行機は制御不能に陥り墜落を免れません。しかし1964年、米軍のB-52爆撃機が、乱気流により尾翼の8割以上を失いながら約6時間も飛び続け、無事帰還しました。絶望の空でクルーたちが挑んだ、執念の操縦劇の全貌に迫ります。

約6時間の緊迫したフライトから奇跡の生還

 報告を受けたボーイング本社は、60-023号機に対して飛行姿勢を安定化させるために機内燃料の移送を指示。さらに主脚の前輪と後輪に加えて、高度を下げてからは空気抵抗を増やすために左右主翼のアウトリガー脚も降ろさせ、垂直尾翼の欠落を補うようにしました。また、片翼に4基ずつ、計8基装備されているエンジン出力の調整と、失われた方向舵以外の動翼2系などを用いて、飛行中の機体の制御を行うことも伝えます。

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アメリカ空軍のB-52H戦略爆撃機(画像:アメリカ空軍)。

 一方、事故を知ったアメリカ空軍は、別のB-52を離陸させて事故機の飛行状況とボーイング社からの対策をシミュレートさせることにしました。さらに、空中での指揮管制と緊急時の空中給油のため、KC-135「ストラトタンカー」1機を飛ばし、60-023号機が着陸する基地に近づくと、T-33「シューティングスター」練習機も1機が監視役として飛び立っています。

 60-023号機は方向舵を失っているため方向転換が難しいことから、着陸する場所にはアーカンソー州ブライスビルのイーカー空軍基地が選ばれました。そしてエンジンの出力をコントロールして失速に近い形での緊急着陸に成功し、ドラッグシュートを使って減速を行いました。

 こうして60-023号機は、約6時間にも及ぶ緊迫した飛行を終えて生還。同機によってもたらされたまさに「命懸けのデータ」は、B-52の低空侵入化改修に際しての貴重な情報となりました。

 ちなみに、当該機はその後、修理されて現役復帰しています。

 日本でも1985年8月12日に日本航空123便、同じボーイング社製の747SR-100旅客機が墜落し、520名もの尊い命が失われた惨事が起こりましたが、これも垂直尾翼を失って迷走飛行の末の出来事でした。犠牲となったみなさまのご冥福を心よりお祈りいたします。

【驚がくの外観!!】これが尾翼を失ったまま飛び続けるB-52H当該機です(写真)

Writer:

東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。

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