「えっ、このお値段で“スーパーカー”が!?」 80’s少年が熱狂「庶民派ミドシップ」MR2はなぜ生まれた? 実は“新型”も…?
1984年に登場したトヨタ「MR2」は、スーパーカーの必須条件ともいえる“ミドシップ”レイアウトを手の届く価格で実現した、クルマ好きにとって衝撃的な1台でした。その画期的な設計は、どのように実現されたのでしょうか。
「バツイチキュウ」に世界中のメーカーが追随!
トヨタはこのX1/9の設計手法に着目し、1983(昭和58)年の第25回東京モーターショーにミドシップ2人乗りのコンセプトカー「SV-3」を出品しました。
そして翌1984年、SV-3は「MR2」として、ほぼそのままの姿でデビューしました。当初の新車価格は139万5000円~179万5000円(東京地区)と手ごろな設定。日本人にとって、ミドシップのスポーツカーが一気に身近な存在となった瞬間でした。
ベースとなったのは、SV-3発表と同年に従来のFR(フロントエンジン、リア駆動)式から、FF(フロントエンジン・フロント駆動)式へと移行した「カローラ」のパワートレインであり、主力グレードには排気量1.6Lの「4A-G」型ツインカムエンジンが搭載されました。
残念ながら筆者は初代MR2に乗ったことがないものの、直線基調のデザインは魅力的で、とても憧れていました。初代MR2は、後にスーパーチャージャー車やTバールーフ仕様も追加されましたが、個人的には初期のシンプルな外装が好みでした。特に、三角形をモチーフにデザインされたホイールはカッコよくて大好きですね。
また当時はトヨタだけでなく、世界中のメーカーがX1/9を参考に安価なミドシップ車を開発しました。米国では初代MR2の発売と同年に、GM(ゼネラルモーターズ)がポンティアック「フィエロ」という小型ミドシップ車を発売。全米でヒットを飛ばしています。
さらに、1990年代初頭にはバブル景気の勢いで、日本のスポーツカー市場が活性化。ミドシップ車も大きいものではホンダ「NSX」、小さいものでは軽自動車のホンダ「ビート」やマツダの「オートザムAZ-1」まで、さまざまなモデルが登場しました。
国産ミドシップスポーツカーのパイオニアとなったMR2も、1989(平成元)年に2代目へフルモデルチェンジ。今度はパワートレインを「コロナ」や「セリカ」と共用し、排気量2Lクラスのスポーツカーへと進化しました。一方、初期モデルは「パワーがありすぎて足回りが追いついていない」とも評価され、後にサスペンションなどが急速に熟成されました。
筆者の周りでは当時、学生の頃からのバイク仲間が出たばかりの2代目MR2を買っていました。助手席に乗せてもらったことがありますが、作りの良さに「スーパーカーじゃん!」と興奮したのをよく覚えています。
その後、MR2はマツダの「ユーノス・ロードスター」(海外名:マツダ「MX-5ミアータ」)が世界的にヒットしたこともあり、1999(平成11)年にオープンタイプの後継モデル「MR-S」へと移行。しかし、2007(平成19)年に生産終了となっています。





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