「W杯」が原因で戦争ぼっ発!? 半世紀前の悲劇「サッカー戦争」史上最後のプロペラ機による空戦も

2026年W杯で世界が熱狂する中、振り返りたい悲劇があります。1969年のW杯予選をきっかけに勃発した「サッカー戦争」と、そこで繰り広げられた歴史上最後となる「プロペラ機同士の空戦」の真実に迫ります。

史上最後となるプロペラ機同士の空戦

 エルサルバドルもホンジュラスも決して豊かではない発展途上国であり、両方の国軍とも、アメリカの「お下がり」といえる中古兵器を装備していました。特に空軍の主力戦闘機は、世界的にはジェット機が当たり前になりつつあった1960年代末においても、いまだプロペラ機を主力に据えていたのです。

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ヴォート製F4U-5「コルセア」戦闘機(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 このような事情から、エルサルバドル軍もホンジュラス軍も、ヴォート社製のF4U「コルセア」戦闘機と、ノースアメリカン社製のF-51(旧称P-51)「マスタング」戦闘機を装備していました。

 両軍の戦闘機は、開戦からしばらくの間は対地攻撃を軸に使われていましたが、1969年7月17日、ついに本格的な空中戦として相対することになります。

 この日、ホンジュラス空軍のフェルナンド・ソト・エンリケス大尉は、F4U-5NL「コルセア」を駆って対地支援の任務に従事していました。そのようななか、エルサルバドル機の来襲を告げる連絡が入電し、迎撃するよう命令を受けます。

 エンリケス大尉はホンジュラス空軍士官学校を卒業し、一定期間軍務に就いた後に退役。その後は民間商業パイロットとして働いていましたが、開戦により再招集されたベテランの飛行機乗りでした。

 しばらく飛んでエルサルバドル軍のF-51D「マスタング」戦闘機を視認した彼は、ぐんぐん高度を上げます。コルセアの長所である降下速度の速さを利用して、旋回性能に優れるF-51Dを一撃離脱で叩こうと考えた彼の戦術は見事に的中し、撃墜に成功します。

 続けて彼は、エルサルバドルのグッドイヤーFG-1D(グッドイヤー社製のF4U-1D)2機を立て続けに撃墜しました。これは、撃墜機と被撃墜機が同系統の機体という、史上まれに見る撃墜例でした。

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