【懐かしの私鉄写真】「広告車」だらけだった!? 昭和末期の阪堺電車、懐かしスポンサーの名前も 1時間で撮れたカラフルな20両

阪堺電気軌道は、古くから全面広告電車が走ることで知られています。1988年3月に撮影した写真からは、当時のカラフルで多種多様な車両たちの様子がうかがえます。

この記事の目次

・広告車がずらり! 1988年の阪堺電車

・最新鋭も早々と広告車に

【画像枚数】全20点

広告電車がズラリ! 1988年の阪堺線

 阪堺電気軌道は現在では大阪市内で唯一の路面電車であり、全面広告車が多いことでも知られています。スポンサーは沿線の企業や商店などが多く、デザインや塗色も様々。どのくらいの種類があるのだろうかと興味を持ち、1988(昭和63)年3月の朝8時頃から1時間くらい、住吉の交差点付近でカメラを構えました。ここはすべての系統が通るし、最も長い恵美須町~浜寺駅前間の系統でも片道40分前後なので、1時間も粘っていれば、出庫している車両はほぼすべて撮影できるはずです。

 阪堺電軌の営業用車両は1988年4月の時点で9形式55両が在籍していましたが(『私鉄車両編成表』1988年版による)、実際に撮影できたのは8形式20両でした。そのうち広告のない基本色が3両、同じスポンサーが4社各2両ずつあるので、確認できたスポンサーは13社です。元京都市電のモ251形は収容力が少ないことなどから使い勝手が悪く、正月の多客期以外はほぼ休車状態だったようです。

 写真は撮影順ではなく、形式別にまとめています。

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モ121形122。モ121形は元大阪市電1601形の車体に、木造車だったモ101形の足回りを組み合わせたもので、10両が在籍。車体はモ161形とほぼ同じだが、台車部分の切れ込みが大きい。ライトグリーンに白帯は当時の標準色(住吉/1988年3月、楠居利彦撮影)
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モ121形123。スポンサーはあべのベルタ(住吉/1988年3月、楠居利彦撮影)
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モ121形125。スポンサーはNTT(住吉/1988年3月、楠居利彦撮影)

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Writer:

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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