MiG-25函館へ! 冷戦さなかの「ベレンコ中尉亡命事件」が日米ソにもたらしたものとは

その日、秘密のベールの向こうにあったソビエト連邦(当時)から、さまざまな機密てんこ盛りの1機が白昼堂々函館へ飛来、冷戦期の世界を大きく揺るがしました。「ベレンコ中尉亡命事件」の経緯と、その影響について解説します。

白日の下にさらされたMiG-25、そのとき米ソは?

 最終的に外交上の慣例で認められている、亡命に使用された航空機を日米が協力して検査する権利を行使した上で、ソ連に機体を返還することで話がまとまり、陸上自衛隊がソ連軍と衝突するという最悪の事態は避けられましたが、自衛隊は警戒をゆるめることなく、航空自衛隊はF-4EJ戦闘機で、函館空港から検査が行なわれた航空自衛隊百里基地までMiG-25を輸送したアメリカ空軍のC-5輸送機の護衛をおこないました。

 MiG-25の機体は1976年11月15日にソ連へ返還され、操縦していたベレンコ中尉は9月10日にアメリカへの亡命を果たして、MiG-25の亡命事件は終結したのですが、この事件はその後、関係国に様々な影響を与えることになりました。

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ベレンコ中尉が亡命時に搭乗していたMiG-25の同型機(画像:アメリカ空軍)。

 前にも述べたように、アメリカはMiG-25の能力を過大評価し、また戦術戦闘機であると誤解していました。ところが機体の詳細な検査を行った結果、使用されているエンジンが、燃費効率が良く航続距離を延ばせるターボファンエンジンではなく、F-4EJなどと同じターボジェットエンジンであることや、運動性に重きを置いた設計になっていないことなどが判明。これらから、MiG-25が戦術戦闘機ではなく、迎撃戦闘機であることを確認し、少なくとも東西両陣営が衝突した際にも、MiG-25が制空権を確保する戦いでは脅威とならないことを確認して、胸をなでおろしたと言われています。

 日米両国の検査によって、自国の防空システムの実体が露呈したと考えたソ連は、MiG-25の搭載レーダーや関連システムを一新するために多額の資金を投じざるを得なくなったほか、軍人やその家族に対する待遇の悪さが、ベレンコ中尉の亡命の原因のひとつとなったことから、ソ連軍は軍人の待遇改善も迫られることとなりました。

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コメント

4件のコメント

  1. 本文中にもありますが、函館駐屯地ては色々とあったと亡き父から聞いてます、函館空港は海から近い事もあり海自も臨戦態勢だったようですが詳細は今となっては分かりません。何故か函館空港は事件の舞台になるのか不思議です、全日空機ハイジャックがあったのも函館空港

  2. 日本が最前線のひとつであると認識させる事件ですね

  3. 現在の戦闘機に求められるのが、マルチロール性とステルス性なんだから、不思議に思う。

  4. 当時私は北海道の大学の3年でした。寝ていると後輩が「先輩!戦争です!」と大声をあげながら私の部屋のドアを叩き、青ざめた顔で入って来ました。『この歳じゃ当然行くしかないだろうな。』って早合点して悲しくなりながらTVを点けて実情を確認しました。その日から上空を飛び交う戦闘機やヘリが増え、国道を走る自衛隊車両も増えた記憶があります。

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