実働わずか8か月! 東京に残る「薄幸」鉄路、武蔵野競技場線の跡を歩く(写真17枚)

時代に翻弄され最後には廃止された薄幸な鉄道路線「武蔵野競技場線」が、東京都内に眠っています。実働は約8か月間だけ。なぜ敷設され、なぜ短命に終わったのでしょうか。

遺構の上に架けられた「ぎんなん橋」

 JR三鷹駅の北口から西へ、線路沿いに700mほど歩くと、北に向かって緩くカーブを描く堀合(ほりあわい)児童公園と、その奥から始まる遊歩道があります。これが、武蔵野競技場線の跡。遊歩道に鉄道の面影はほとんどありませんが、民家との境目付近を注意深く観察すると、「工」と書かれた石の杭が残っています。「工」は明治時代に鉄道を含む産業開発を担った工部省のマークで、国鉄と民有地の敷地境界だったことを表しています。

Large 20190120 01 Large 20190120 02 Large 20190120 03
     
堀合遊歩道に残る国鉄の敷地境界票。かつてはたくさん見られたが、いまはわずか数基を残すのみ(2018年12月、栗原 景撮影)。
玉川上水の橋梁跡に架けられた「ぎんなん橋」。すぐ横に新武蔵境通りの歩道がある。埋め込まれたレールは当時のものではない(2018年12月、栗原 景撮影)。
ぎんなん橋の北側には、橋台跡の由来を示す説明板がある(2018年12月、栗原 景撮影)。

 公園と遊歩道を進むと、左から新武蔵境通りが合流するように近付き、「いちょう橋」で玉川上水を渡ります。「いちょう橋」には歩道もありますが、その隣にもうひとつ、「ぎんなん橋」と呼ばれる歩行者専用橋があります。線路跡の上に架けられた橋で、鉄道時代を偲(しの)んでレールが埋め込まれています。

 ぎんなん橋が架けられたのは、ごく最近、2012(平成24)年のこと。橋の両側には、鉄道時代の橋台が残り、橋の下をのぞき込むとかつての遺構をわずかに見ることができます。2011(平成23)年まで、ここには橋台がほぼ完全な形で残っていました。しかし、新武蔵境通りを建設した際、橋台の上に新しい歩道橋を架けたのです。傍らには案内板も設置されましたが、肝心の遺構はほとんど見えません。歩道は隣のいちょう橋にもあるのですから、貴重な遺構はできる限りそのままの姿で残してくれれば良かったのですが……。

 さて、その案内板には、「中島飛行機 武蔵製作所 工場引込線 橋台跡」と書かれています。この鉄道は、球場アクセス路線となる以前は工場の専用引込線だったのです。中島飛行機は、一式戦闘機「隼」や零式艦上戦闘機(零戦)などを生産した軍需企業でした。

この記事の画像をもっと見る(17枚)

最新記事

コメント

1件のコメント

  1. プロ野球チームの招致に成功していれば、西武狭山線的な存在になってたのでしょうか。

記事ランキング

  1. 航行中の護衛艦「かが」の周辺に「巨大な海洋生物」が出現! 艦艇勤務ならではの光景を海自公式が公開
  2. 「断固たる措置を講じる」首都高公式ブチギレ! 「公平性を著しく損なう」非常識ドライバーに“鉄槌”…一体何が?
  3. 「知らなかった!」SNSで話題に 高速道路の“2つ並んだ赤い三角コーン”、実は超重要な「ある合図」だった! NEXCO公式が投稿
  4. 神奈川県警の“バイクは自転車レーン走るな”投稿にツッコミ殺到! 「自転車にも車にもバイクにも迷惑です」…何が問題に?
  5. 史上最大の軍艦より135mもデカい!? 旧海軍「大和」を凌ぐ『エースコンバット8』の新ボス「陸上戦艦」の衝撃スペックとは
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号