【空から撮った鉄道】車庫と“爆心地”こんなに近かったのか 長崎の街を走る路面電車 出島の小ささにも驚く

長崎電気軌道は1914年に設立された路面電車の私鉄です。原爆によって壊滅的な被害を受けたものの終戦直後から復旧し、現在も長崎市民や観光客の足となっています。約1年前の2022年9月24日、長崎電気軌道を空撮しました。

この記事の目次

・約30年ぶりの長崎 記憶を呼び起こすために下見した
・爆心地の上空へ
・新たな風景! 西九州新幹線×長崎電軌
・長崎といえばココ!
・思わずジオラマ化したくなる川の上の停留所

【画像枚数】全28点

約30年ぶりの長崎 記憶を呼び起こすために下見した

 長崎電気軌道は市内中心部に路線網を延ばしています。南北を結ぶのは本線と赤迫支線、長崎駅の東方向に蛍茶屋支線、大浦天主堂の最寄りは大浦支線、本線と蛍茶屋支線を結ぶのが桜町支線と、5つの路線から形成されています。長崎市電と呼ばれることもありますが、公営ではなく私鉄です。この話では長崎電軌としましょう。

 私は全国に点在する路面電車を空撮しようと、撮影のチャンスを狙っています。長崎は遠方ということもあってなかなか機会に恵まれませんでしたが、西九州新幹線開業の空撮を兼ねて、いろいろと行程に組んだうちの1か所として、2022年9月に訪問しました。

Large nagasaki 01

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赤迫支線の起終点・赤迫停留所が写真中下にある。まっすぐ伸びているのはJR長崎本線長与支線だ。住吉~赤迫間は1960年の開通である。写真右奥の大きな公園付近が平和公園と爆心地で、右奥が長崎港(2022年9月、吉永陽一)。

 長崎は30年前の修学旅行以来訪れておらず、長崎電軌もそのとき以来なので記憶もあいまいです。これではせっかくの空撮も情報が少なすぎて危ういと感じ、6月に長崎へ下見の旅行をしました。その結果、ここまで路線があったのか、橋の上に停留所がある、出島はここだったっけ……などなど、徐々に記憶がよみがえってきました。数万円の旅費は痛いですが、当日失敗しないためにも保険として大切で、下見をもとにどのようなルートで空撮するか、プランを練ることができました。

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赤迫停留所周辺は近年建設されたと思しきマンションが建ち並び、戸建て住宅も軒を連ねるベッドタウンである。停留所は国道206号の道路中心に存在する(2022年9月、吉永陽一)。

爆心地の上空へ

 空撮当日の9月24日は、前日の悪天候が嘘のような晴れ。西九州新幹線を順調に空撮し、長崎駅で終了します。その直後から長崎電軌の撮影をスタート。南下しながら撮っていこうと、北限の停留所・赤迫へ向かいます。赤迫はJR長崎本線 長与支線の非電化線路がすぐ近くにあり、停留所の周囲は住宅地と、最近竣工したと思しきマンション群に囲まれていました。

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1953年に開所した浦上車庫。当初は西町車庫と称した。長崎電軌の中枢である。留置線、検修庫が急カーブで分岐する。背後は長崎本線(2022年9月、吉永陽一)。

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Writer: 吉永陽一(写真作家)

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。

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