合体でパワーアップ!?「親子飛行機」3選 なかには子機だけ生き残って帰還することも
飛行機が飛ぶ際に最もパワーを要するのは離陸の際です。問題の解決には、エンジンを増やしたり翼を大きくしたりするがありますが、それとは別に複数の飛行機を合体させるパターンもありました。それが親子飛行機です。
爆弾に改造された親機を運ぶために
ソ連の「ズヴェノーSPB」に触発されたかどうかは不明ですが、のちにドイツも親子飛行機を実戦投入しています。ただしドイツが使用したのは、親機である爆撃機の方を爆弾に改造し、それを子機である戦闘機に前線まで運ばせるというものでした。

爆弾に改造されたのは、双発エンジンのユンカースJu88爆撃機で、無人化され機内に高性能爆薬約1.75tを搭載しました。
子機にはメッサーシュミットBf109か、もしくはフォッケウルフFw190のいずれかの戦闘機が用いられ、子機に乗り込んだパイロットが、無人である親機のエンジンや舵も遠隔操作するようになっていました。
ドイツ空軍は、これにドイツ語で宿り木という意味である「ミステル」という愛称を付け、1943(昭和18)年7月から試験を開始します。「ミステル」は親子セットで離陸すると、目標の1.6km手前で分離したのち、親機は自動操縦でそのまま目標に向かって飛んでいき、子機は帰還して次の親機(無人爆弾機)と合体するようになっていました。
「ミステル」は、1944(昭和19)年6月のフランス戦線、いわゆる西部戦線から運用が始まると、そののち、ソ連が大攻勢を仕掛けてきた東部戦線でも使用されました。しかし、どちらの戦線でも連合軍側が制空権を握っていたため、そのなかを鈍重な親子飛行機が飛ぶのは危険なものでした。
終戦までに「ミステル」は約250機生産され、そのうち50機ほどが実戦に使用されましたが、ほとんど戦果を上げることはありませんでした。
第2次世界大戦後、高性能なジェット機が主流になったため、親子飛行機は廃れたかに思えましたが、1980年代以降、スペースシャトルを始めとした宇宙往還機や、UAV(無人航空機)を輸送するためにそのような形態が用いられているため、広く捉えると、今でも親子飛行機は存在するといえるかもしれません。
Writer: 柘植優介(乗りものライター)
子供のころから乗り物全般が好きで、車やバイクはもちろんのこと、鉄道や船、飛行機、はたまたロケットにいたるまですべてを愛す。とうぜんミリタリーも大好き。一時は自転車やランニングシューズにもはまっていた。
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