合体でパワーアップ!?「親子飛行機」3選 なかには子機だけ生き残って帰還することも

飛行機が飛ぶ際に最もパワーを要するのは離陸の際です。問題の解決には、エンジンを増やしたり翼を大きくしたりするがありますが、それとは別に複数の飛行機を合体させるパターンもありました。それが親子飛行機です。

軍用の親子飛行機は大型爆弾を運ぶため

 親子飛行機の概念は、軍用機においても研究されました。

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ソ連で開発された「ズヴェノーSPB」。ツポレフTB-3爆撃機の主翼下に子機として2機のI-16戦闘機が吊り下げられている(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 1930年代、ソ連(当時)は「ズヴェノー」計画の名称で、約10年にわたって親子飛行機の開発をしていました。ただし計画は、内容によって大きく以下の4つに分けられました。

・航続距離の短い戦闘機を遠方で使うために、航続距離の長い爆撃機に載せて必要な場所まで運ぶ。

・爆撃機に護衛として戦闘機を載せておき、敵地上空で切り離して運用する。

・戦闘機を大型爆弾搭載の急降下爆撃機として使用するにあたり、離陸を補助するために大型爆撃機に搭載する。

・爆撃機自体の積載能力を増加させるために、戦闘機を合体させて推力を向上させる。

 この4つの計画のいずれかに合致する形で、様々な試作機が作られたため、親機と子機の組み合わせはすべて異なっており、当然ながら性能も違います。1931(昭和6)年12月に最初の「ズヴェノー1」が初飛行すると、1939(昭和14)年11月の「ズヴェノー7」まで、合計8組の軍用親子飛行機が初飛行しています。

 そのなかで、第2次世界大戦において唯一実戦に参加したのが「ズヴェノーSPB」です。

「ズヴェノーSPB」は、親機であるツポレフTB-3爆撃機に子機として2機のI-16戦闘機を合体させたもので、I-16戦闘機は急降下爆撃が可能なように改造されていました。I-16改造の急降下爆撃機には1機あたり250kg爆弾を2発搭載しており、親機の助けを借りて離陸したのち長距離を飛んで敵地を爆撃するというものでした。

 1941(昭和16)年7月から翌年までの約1年のあいだに30回程度、「ズヴェノーSPB」は作戦に投入され、そのうちのいくつかでは戦果も挙げています。しかし飛行速度が遅いため、ドイツ側の防空体制が強化されると作戦遂行も難しくなり、最終的に運用は取り止めになっています。

【写真】一瞬で消えた「世界最大の親子機」です

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