米軍P-51戦闘機が追跡した「直径90mの未確認飛行物体」とは? 公式見解も二転三転
今から80年ほど前の1948年1月に起きた「マンテル大尉事件」。アメリカ軍の戦闘機が農地に墜落した事故ですが、じつはUFO(未確認飛行物体)を追跡していたなかで起きたといわれています。どのような経緯で墜落に至ったのでしょうか。
内陸のケンタッキー州で目撃された未確認飛行物体
2020年にアメリカ国防総省(当時)が、かつて軍用機によって撮影された映像に写っている被写体の一部をUAP(Unidentified Aerial Phenomenon:未確認空中現象)として認めたことで、アメリカ政府/軍がUFO(Unidentified Flying Object:未確認飛行物体)の存在を認めたという誤報道を生み、世間を騒がせたことがありました。
実はこのUFO、人類史においてかなり以前からその存在が信じられてきましたが、1948年1月7日に起こった「マンテル大尉事件」も、そんなUFOに絡んだ事件として知られています。
事件の発端は、7日13時15分にケンタッキー州フォート・ノックスのゴッドマン航空基地に飛び込んできた1本の通報でした。連絡してきたのはケンタッキー・ハイウェイパトロールで、その内容は「メイズビル付近で不可解な飛行物体が目撃された」というものでした。
この初報に続いて約20分後の13時35分頃、続報が入ります。物体は直径70~90m程度のサイズで、西へと移動しているというものでした。ここまでの情報を受け取ったゴッドマン基地管制塔は、さらに10分経った13時45分に管制責任者と管制官がその物体を目視で確認。それが気球なども含む航空機などではないと判断しました。
そこでゴッドマン基地管制塔は、訓練でジョージア州マリエッタのドビンス航空基地からケンタッキー州スタンディフォード航空基地まで飛行中だったケンタッキー空軍州兵第165戦闘飛行中隊CフライトのF-51D「マスタング」戦闘機4機に対し、当該の飛行物体に接近して目視観察せよと命じます。
これを受け、Cフライトの隊長を務めていたトーマス・フランシス・マンテル・ジュニア大尉は、フライトを率いて飛行物体への接近を試みましたが、1機が燃料不足に陥って離脱し、基地へと戻っていきました。そこで、残る3機で上昇を続け、すでに目視できている飛行物体へと接近。この時マンテルは、飛行物体のおおよその高度や速度を報告しています。





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