米軍P-51戦闘機が追跡した「直径90mの未確認飛行物体」とは? 公式見解も二転三転

今から80年ほど前の1948年1月に起きた「マンテル大尉事件」。アメリカ軍の戦闘機が農地に墜落した事故ですが、じつはUFO(未確認飛行物体)を追跡していたなかで起きたといわれています。どのような経緯で墜落に至ったのでしょうか。

他の星の知的生命体が地球に来る可能性は?

 なお、この日に組まれていたケンタッキー州兵空軍第165戦闘飛行中隊Cフライトの飛行訓練のカリキュラムには、酸素呼吸を必要とする高高度飛行は含まれていませんでした。

Large 20260107 01

拡大画像

アメリカ海軍が1940年代後半から50年代にかけて気象観測に用いた無人の高高度気球「スカイフック」。写真はミサイル実験艦「ノートン・サウンド」から同気球が放たれたところ(画像:アメリカ海軍)。

 そのため空軍の報告書では、機内酸素ボンベには十分な酸素が充填されておらず、2機は上昇を断念したものの、隊長のマンテル大尉だけは、指揮官としての使命感から上昇を継続。やがて彼が酸欠で失神すると、制御を失った乗機は、プロペラのトルクの影響で緩やかに左への旋回を開始。やがて旋回がさらに進んで錐揉みに入り、ついには空中分解を起こして墜落したという見解が記されています。

 また、機体の残骸を調査分析したところ、減速操作や錐揉みからの回復を試みたと思われる形跡が見られたことから、降下中にマンテルは意識を回復していたのではないかとも推察されています。

 確かに、墜落自体の原因としては、このような仮説が唱えられるかも知れません。しかし最初は金星、次に高高度気象観測用無人気球とされた肝心の未確認の飛行物体は、本当に高高度気象観測用無人気球だったのでしょうか。

 というのも、この事件の直前からアメリカ空軍は未確認飛行物体調査機関「プロジェクト・サイン」を開設しており、以降「プロジェクト・グラッジ」「プロジェクト・ブルーブック」(1969年に閉鎖)と組織名を変更しながら、さまざまな未確認飛行物体関連事案の調査と検討を続けていたからです。

 未確認飛行物体については、現在も目撃事例が続いています。一方で、人類が宇宙探査を行っているということは、他の星の知的生命体が同様の探査を行おうと地球に飛来していてもおかしくないでしょう。

 そう考えると、マンテル大尉らが遭遇した探査機がUFO(未確認飛行物体)だった可能性も、決して否定できないといえるのではないでしょうか。

【じつは飛んでた!?】アメリカ海軍が開発した「空飛ぶ円盤」戦闘機です

Writer:

東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。

最新記事

コメント