米軍P-51戦闘機が追跡した「直径90mの未確認飛行物体」とは? 公式見解も二転三転
今から80年ほど前の1948年1月に起きた「マンテル大尉事件」。アメリカ軍の戦闘機が農地に墜落した事故ですが、じつはUFO(未確認飛行物体)を追跡していたなかで起きたといわれています。どのような経緯で墜落に至ったのでしょうか。
当初は「金星」→後に「気球」を誤認と訂正
対してゴッドマン基地管制塔は、マンテル大尉にさらなる詳細情報を求めます。そこで彼は15時15分に「きわめて大きく、陽光を反射しているので金属製のように見える」と返答しました。
Cフライトはさらに上昇を続けましたが、高度が2万2000フィート(約6705.6m)となったところで、部下の2機の呼吸用搭載酸素量が不足となり上昇を中止します。この状況はマンテル機も同様でしたが、隊長としての責任からか、彼はさらに上昇を続けました。
その後、マンテルは高度25000フィート(約7620m)への到達予定時刻を報告して以降、無線での問いかけに対する返答があやふやとなり、やがて交信が途切れてしまいました。
そして15時50分、ゴッドマン基地管制塔は、マンテル機がケンタッキーとテネシーの州境ある町、フランクリンの南に所在する農場に墜落したという連絡を受けました。墜落には目撃者がいて、同機が螺旋降下で地上へと向かったと証言しています。なお、墜落現場で発見された彼の遺体の腕時計は、15時18分で止まっていました。
この墜落に関して、空軍は当初「金星を未確認の飛行物体と誤認し、高高度飛行用の酸素搭載量が不十分だった乗機F-51Dで上昇を続けた結果の事故」と発表。しかしのちに、未確認の飛行物体に誤認されたのは金星ではなく、海軍の高高度気象観測用無人気球だったのではないかと改められました。
というのも、同気球は事件当時まだ海軍の秘密プロジェクトであり、空軍は詳細を知らなかったからです。ちなみに同気球は、事件当日の早朝ミネソタ州で放救されており、同日16時頃には、ケンタッキー州内でも目撃されています。





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