「映画撮影」と見せかけて戦闘機を複数“お持ち帰り”!? 女優が仕掛けたイスラエルの前代未聞「密輸作戦」
中東最強を誇るイスラエル空軍ですが、建国当初は戦闘機すら不足する絶望的状況でした。そこで実行されたのが「映画撮影」と偽り、カメラの前から実機を持ち逃げする奇策でした。
「本番、アクション!」でそのまま他国へ持ち逃げ!? 強大空軍の泥臭いルーツ
1948年8月31日、作戦は決行されます。すべては、あたかも台本に従うかのように進行しました。パイロットたちは撮影スタッフを装い、カメラが回る中で機体へと駆け寄ります。コックピットに収まりエンジンを始動する一連の動作は、建前上は演技に過ぎません。
しかしその実相は、国家の命運を賭した密輸作戦だったのです。滑走路を離れた瞬間、彼らは俳優としての仮面を脱ぎ捨て、再び戦闘員としての本来の役割へと回帰しました。
離陸に成功した4機の「ボーファイター」は、提出された飛行計画に記されたスコットランド行きの経路を逸脱し、イタリアへと進路を転じます。その後、ユーゴスラビアを経由して最終目的地であるイスラエルへ向かい、最終的にラマト・ダビド空軍基地への着陸を果たしました。イギリス当局が着陸していない行方不明機が存在するという事実に気付いた時にはすでに遅く、イギリス国内に残された機体こそ押収されたものの、結果として4機の国外搬出は完遂され、母国イスラエルに軍用機を届けるというミッションは見事、成功したのです。
この作戦によってもたらされた戦果は、数的にはわずかと言えるでしょう。事実、第一次中東戦争に投入されたものの決定的な役割を担うには至りませんでした。しかし、その意義はイスラエルという国家に「空軍」が確実に存在するという事実を可視化し、国民に対して心理的優位と士気の昂揚をもたらす象徴的効果をもたらしたのです。
今日、イスラエル空軍は国防予算の過半を投じられる中核戦力として、世界屈指の能力を誇示しています。しかしその源流をさかのぼると、前述したような密輸、偽装、さらには犯罪に踏み込む行為の積み重ねによって、世界中からかき集められた航空機群へ辿り着きます。
生存を至上命題とする国家にとっては、非合法活動も取りうる選択肢の1つにすぎません。この特異な成立過程こそが、後年に至るまでイスラエルの安全保障思想の根底を規定し続けていると言えるでしょう。
Writer: 関 賢太郎(航空軍事評論家)
1981年生まれ。航空軍事記者、写真家。航空専門誌などにて活躍中であると同時に世界の航空事情を取材し、自身のウェブサイト「MASDF」(http://www.masdf.com/)でその成果を発表している。著書に『JASDF F-2』など10冊以上。





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