日本じゃ60年間“不人気車!?” 今や爆売れ大ヒット「ハンターカブ」の意外な過去 始まりは海外ホンダのアイデア
CT125ハンターカブは衰え知らずの人気シリーズですが、その起源は1961年にまで遡ります。意外にも国内では「不人気」だった時代もあるハンターカブシリーズの、65年に及ぶ変遷をここで振り返ります。
「ハンターカブの特徴」が確立されていった時代
1963年には、このC105ST TRAIL55にアップマフラーを装備したモデルを発売し、ここで初めて「ハンターカブ」というペットネームが命名されました。
続く1964年には新設計の87ccのOHVエンジンを搭載した87ccモデル、CT200トレール90を発売。排気量が約1.6倍になったことに加え、パイプハンドルやマットガード付きフロントフェンダーなどが装備されました。
さらに1966年には89ccのOHCエンジンを搭載したCT90トレール90を発売し、前期型は自動遠心クラッチの4段にリアスプロケットを採用、後期型はリアスプロケットを廃止し自動遠心クラッチの4段に加え、後のハンターカブシリーズの特徴でもあった副変速機を追加しました。
1969年にはさらなるトレール性能を高めてモデルチェンジします。フロントサスペンションはテレスコピックとなり、フロントのフェンダーは可動式、フレームパイプはプラスチック製のシュラウドで保護されました。今日のCT125ハンターカブに続くフォルム構成は、ここで確立されたと言って良いでしょう。
以降、CT90トレール90は1971年~1979年までの間に7回のマイナーチェンジを重ねていきます。
前後しますが、CT90トレール90がアメリカで毎年のように進化を遂げる中、1968年には日本国内でもCT50の名で同様のモデルを発売します。山間地や不整地での配達などを想定し、アップマフラー、バーハンドル、フレームカバーなどの装備に加え、日本初の副変速機も搭載したものの、当時のバイクユーザーの目には「何用のバイクかわからん」としてヒットには至らず、わずか数年で生産終了となってしまいます。
この苦い経験があったからか、ホンダは1970年代にアメリカでハンターカブの支持を高めていきながらも、日本国内での販売には躊躇していたきらいがあり、ようやく日本国内仕様のハンターカブ、CT110を発売したのは1981年でした。
しかし、1980年代初頭はレジャーバイクブーム終焉期であり、市場ニーズと合わず、これもわずか2年ほどで生産終了となってしまいます。こうしてハンターカブはまたしても、日本国内で浸透せぬまま姿を消すこととなります。





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