「火攻め」「水攻め」で長期不通に… 40万本のタイヤが燃え、駅が「浮上」!? 武蔵野線の受難史

首都圏の放射路線を環状に結ぶ武蔵野線は、過去に2度、長期不通に見舞われています。1980年の高架下火災と1991年の水害という、いわば「火攻め」「水攻め」はどのようなものだったのでしょうか。

43時間燃えて高架橋が「丸焼け」

 タイヤは火災が発生した場合、延焼しやすく、消火活動が困難になる「指定可燃物」であり、3t以上の保管は消防法により規制を受けます。仮に1本10kgとしても4000tという途方もない「可燃物」でした。約50台の消防車が出動して消火にあたりましたが、鎮火は19日15時頃、実に43時間にわたって燃え続けました。

 幸い人的被害はなかったものの、設備の被害は甚大でした。高架橋は約120mにわたって約1200度以上の火災に包まれ「丸焼け」となり、レールや電化柱、架線は溶けて曲がり、倒壊し、切断。コンクリートはひび割れ、剥落して、鉄筋の一部が露出していました。

 近年も2008(平成20)年8月の首都高速5号池袋線の熊野町JCT火災事故や、2023年9月の山陽道尼子山トンネル火災事故など、大火災でコンクリート構造物が損傷する事故が発生していますが、鉄道において長期不通となるような高架下火災はあまり例のない事態でした。

 西浦和駅は本線と大宮方面への連絡線が計4線あります。貨物の大幹線である武蔵野線を早期復旧するため、まず2線分を鉄骨で補強して応急復旧し、残りの2線分を本復旧して線路を切り替えた後、応急復旧した2線分を本復旧することになりました。

 柱や梁はコンクリートが浮き上がった部分を落とし、鉄筋コンクリートを外巻きして補強しました。損傷の大きい床部分は取り壊して作り直しました。仮復旧は9月17日に完了、全線の本復旧が終わったのは火災から7か月後の翌年3月のことでした。

【痕跡あり】「水攻め」にあった駅の“傷跡”を見る(図と写真)

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