ただの“生き残り”じゃなかった? 世界有数の「モノレール大国」日本のライバル連合から生まれた「最強」規格とは
日本は世界有数のモノレール大国ですが、現在の標準規格「日本跨座式」が生まれるまでには、大手メーカー3社による熾烈な開発競争がありました。しかしそれは単なる淘汰ではなく、各社の長所を取り入れて「ぼくたちの考えた最強のモノレール」を作ろうという試みだったのです。
「最強のモノレール」を志した日本跨座式
日本跨座式は単に統一規格を定めただけではありません。ライバルだった日立・東芝・川崎が手を携えて、実用的な交通機関という実績を持つ東京モノレール(日立アルヴェーグ式)をベースに、東芝式、ロッキード式の利点を取り入れた、いわば「ぼくたちの考えた最強のモノレール」を作ろうという意欲的な試みだったのです。
3方式の中で唯一、鉄レールと鉄輪で走行するのがロッキード式です。ゴムタイヤより負担荷重が大きいため鉄道と同等の輸送力を持ち、レールを走行するため高速運転が可能かつ揺れも少ないのが利点です。鉄道車両と同様に2軸ボギー台車を採用し、車輪径が小さいため、床は完全にフラット化されました。
また、ロッキード社の航空技術を導入した軽量車体の採用により、軌道の支柱を小さくかつ長い間隔で建てられるため、建設費低減につながるのも売りの一つでした。最高速度120km/h(将来的に160km/h)、最大12両編成という意欲的な規格でしたが、都市交通機関としてはオーバースペックかつ騒音が大きいため、モノレールのニーズとマッチしませんでした。
東芝式の特徴は車両にありました。日立アルヴェーグ式の車両は、車両に1両あたり2軸のタイヤを備えていましたが、東芝式は走行装置を搭載した2軸連接台車を採用。これを車体と接続して自己操舵機能を持たせることで、タイヤの寿命を劇的に延長させたのです。
ただ、初の営業路線となったドリームランドモノレール大船線は自慢の車両でつまずいてしまいました。設計が二転三転する中で車両重量は計画をはるかに上回り、これが共有されないまま運行開始したことでコンクリート桁が損傷し、開業1年半で運行休止に追い込まれてしまったのです。
日立アルヴェーグ式の弱点は輸送力でした。ダイヤ1本あたり5tの荷重が限度なので、2軸4輪で1両あたり20tです。車体重量が13t(当時)なので、平均55kg×120人(7t)しか乗れません。そもそも車内床にタイヤハウスが突き出しているため100人も乗れず、大量輸送交通機関の役割を果たせないという課題もありました。
そこで日本跨座式は、2軸ボギー台車を採用。1両あたり4軸8本の小径タイヤを使用するとともに、車両の床を上げてフラット化しました。車両は軽量化を徹底し、乗車定員の増加と設備のスリム化で事業の収支採算性を改善しました。これらは東京モノレールの設備更新にあたり可能な限り反映されています。
川崎グループは1961(昭和36)年に設立した「日本ロッキード・モノレール」を解散して日本跨座式に参入し、現在でも日立とともにモノレール車両を製造しています。かつて激しい受注合戦を繰り広げた3社の連合がなければ、その後のモノレールの発展はなかったことでしょう。
Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx





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