なぜ山手線はウグイス色? 最初は「誤乗防止」が理由じゃなかった⁉ “地味な色の電車”を激変させた真の理由

東京のシンボルとして親しまれている山手線の「ウグイス色(黄緑色)」。しかし戦後しばらくの間、国鉄の電車は汚れが目立たない「茶色」が当たり前でした。カラフルな路線カラーはどのようにして生まれ、定着したのでしょうか。

「茶色」が当たり前だった時代を終わらせた新性能電車

 戦前から戦後まもなくにかけて、国鉄の電車は「ぶどう色」と呼ばれる暗い茶色が標準でした。これは汚れが目立ちにくく、当時の低品質な塗料でも耐久性を維持しやすいという実用的な理由から選ばれていたものです。

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山手線(画像:写真AC)

 転機が訪れたのは1963(昭和38)年、最新鋭の「103系」電車の試作編成がウグイス色で山手線に登場したときです。翌1964(昭和39)年春からは、黄緑6号(ウグイス色)に塗られた量産車が本格的に投入されました。

 それまでのぶどう色の電車に比べて、103系や101系などの新性能電車には、従来よりも明るい色を安定して塗装できる塗料や塗装技術が採用されるようになりました。ウグイス色(黄緑6号)は、新性能電車として従来の茶系とは異なる鮮やかな印象を与える目的で選ばれたとされています。

 しかし、当初から「山手線=ウグイス色」といった現在の1路線1カラー制が厳格に運用されていたわけではありませんでした。

 カラフルな電車が増えるなかで、現在のスタイルはどのように確立されたのでしょうか。かつて起きた“ある混乱”がきっかけとなった、知られざる路線カラー定着の舞台裏に迫ります。

【まもなく消滅】これが「山手線最後の踏切」と「代わりの道路」です(地図/写真)

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コメント

4件のコメント

  1. 山手線は最初は黄色(カナリア色)だが・・・

  2. 吊りかけ駆動の茶色い電車に対し、カルダン駆動の新性能電車101系を山手線に登場させた時は「黄色」でした。が、電動車の比率が高く高性能の101系は短距離で力行・制動を繰り返す山手線では不経済でした。そこで101系に経済性から設計を修正したのが103系、この電車が山手線に「ウグイス色」で登場しました。

    「黄色」の101系は中央総武各駅停車に転属、茶色の旧型国電と入れ替わりました。

  3. 昭和38年から44年の間、山手線の車両不足でカナリアイエロー(黃5号)の車両が山手線内を頻繁に走っていた。

  4. 103系の前、101系の時は黄色5号。

    103系試作車で黄緑色に変更。以後、山手線は黄緑色に定着。205系からステンレス車になったが黄緑色の色が若干変わった。

    さらに細かい事はあるが長くなるから割愛。