「消防車のモリタ」が119周年! はじまりは“水鉄砲” 最初のはしご車は“木製” まさに消防の歴史な会社ヒストリー
消防車市場におけるはしご車の国内シェア9割を超える「モリタ」ですが、今年で創業119年を迎えます。消防に寄与し続けたその長い変遷を、担当者の話を交えながら振り返ります。
戦中・戦後も「日本初」「アジア初」の消防車両を続々と開発!
「モリタの消防車両」は戦中・戦後も進化を遂げていきます。特に象徴的なモデルを紹介してもらいました。
「ポンプ車」(戦時中〜)
戦時中も消防用各種消防ポンプ車を製造していましたが、戦後も途切れることなく開発を続けました。1958年の海外向けパンフレットに掲載されたものは、最大放水量1000ガロン/min(毎分約3785リットル)、最大放水圧力が300ポンド/p.s.i.(約2.1MPa)の性能がありました。
「30m級全自動機械式金属製はしご付消防自動車」(1950年〜)
1950年に日本初の地上高100尺(30m)の『全自動機械式金属製はしご車(4連式)』を開発し、第1号車を大阪市に納入しました。
「直伸放水塔自動車」(1953年〜)
1953年には国内初の『放水塔車』の開発に成功しました。第1号車は、最高伸長19.6メートル(地上高15メートル)、最大放水量毎分2500リットルの性能を持ち、1956年に大阪市に納入されました。可動する鉄塔の先端から放水を行う車両で、現代のコンビナート火災対応用車両の礎にもなっています。
屈折はしご付消防自動車(1960年〜)
日本で初めて開発、製造に成功した『屈折はしご付消防自動車』は、1960年に1号車として大阪市に納入されました。狭いスペースでのブームの展開を可能にし、日本の消防戦術に大きな変化をもたらしました。
屈折放水塔自動車(1970年〜)
1970年、アメリカの企業「スノーケル社(スノーケル・ファイア・イクイップメント・カンパニー)」との技術提携により、『屈折放水塔自動車』をアジアで最初に製造し、第1号車はタイに輸出しました。





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