バブル期に生まれたJRの高級客車「夢空間」 20年の生涯で残したもの 内装担当は百貨店

寝台列車は「便利さ」より「楽しさ」 背景にバブル景気

「夢空間」のデビューは線路上ではなく、1989(平成元)年に開催された「横浜博覧会」のJR東日本展示エリアでした。1989年といえばバブル景気が最高潮に達したころです。前年に青函トンネルが開通し、寝台特急「北斗星」が運行開始。個室の種類が多く、フランス料理のフルコースを提供する食堂車が連結されて人気でした。

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「夢空間北斗星」ダイニングカーの朝。DD51形ディーゼル機関車のボンネットが低いため、景色はそれほど塞がれていなかった(鈴木周作撮影)。

 一方そのころ、食堂車の営業がなくなり、B寝台が中心の東京~九州間を走るブルートレインは、斜陽を迎えていました。これからの寝台列車は実用性よりも「楽しさ」が重要。このような背景があって「楽しさ」を強く押し出す客車を造ってみたわけです。

「夢空間」は1991(平成3)年1月の臨時列車「北斗星トマムスキー号」で営業列車としてデビューしました。翌1992(平成4)年の年末にはテレビ番組とタイアップし、函館発門司港行きの「めぐり愛エクスプレス」に組み込まれます。このときはパノラマサロン客車「スーパーエクスプレスレインボー」も連結された豪華版でした。その後は団体貸切列車や臨時列車「夢空間北斗星」などで運行され、2008(平成20)年に引退しました。

「夢空間」について、寝台特急「北斗星」に450回以上も乗車し、「夢空間北斗星」も体験したイラストレーターの鈴木周作さんに話を聞きました。

【写真】「夢空間」に影響を与えた「オリエント急行」の車内

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コメント

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1件のコメント

  1. 端部の大型窓から機関車が丸見えになるところが面白い眺めだな
    できればクロコダイルみたくお洒落感のある機関車に牽かせてみたい列車