昔あった「蒲蒲線」!? 廃止された短絡線5選 実はつながっていた私鉄と国鉄&私鉄どうし
少し離れた路線どうしを結ぶ「短絡線」。中にはすでに役割を終えて廃止されたものもたくさんあります。なぜ建設され、そして廃止されたのでしょうか。痕跡を探しつつ、5路線を紹介します。
ニョロっと枝分かれ「短絡線」
2つの鉄道路線が直交していたり少し離れて並行していたりする場合、その間に短い線路を建設し、列車が行き来できるようにすることがあります。その線路は往々にして短絡線と呼ばれます。用途は様々ですが、すでに役目を終えて廃止となった短絡線もたくさん存在します。
ここではそのような短絡線を5つ挙げ、現在どうなっているのかも紹介します。今ではすっかり風景の一部に溶け込んだ短絡線がある一方、その痕跡をしっかりとたどれる場所など、その姿はまちまちです。
連合軍羽田空港専用線
東京都大田区にある東急電鉄の蒲田駅と、同じく至近にある京急電鉄の京急蒲田駅を結ぶ通称「蒲蒲線」計画が各方面から検討されています。両線はこれまでつながったことはありませんが、実は「蒲蒲線」に相当するものは、ずっと昔に存在しました。
それは蒲田駅近辺で、国有鉄道と現在の京急線を結ぶ短絡線です。第二次世界大戦が終わった頃に突貫で建設されました。
目的は、連合軍が接収した羽田空港へ資材や燃料を運搬するためです。東急だった穴守線(現・京急空港線)上りの線路幅を1435mmから国有鉄道と同じ1067mmへ改軌し、貨物列車を乗り入れ運行。現在の京急本線とは直角に平面交差していました。
ただし京急本線、空港線とも現在は高架化されており、当時とは風景が一変しています。
都内だと国分寺に最近まで残っていた短縮線があった
東村山ー国分寺の西武線
国分寺駅の東側にあった
鵜沼連絡線は選ばれなかったか。
途中で位置が変わってるけど、新旧どちらも40年使われた歴史ある連絡線。