元ブルトレ“第三の人生”準備中 寝台特急「なは」デュエット個室寝台車は何がいい?

かつて京阪神~九州間を結んでいた寝台特急「なは」。今はB個室寝台「デュエット」が観音寺市で保存され、列車ホテルになるべく修繕を受けています。現役時代はどのような寝台車だったのでしょうか。

乗りトクだった? 「レガートシート」

 かつて京阪神~九州間を結んでいた寝台特急「なは」の一部車両が2022年現在、“列車ホテル”になるべく修繕を受けています。その車両はB寝台「デュエット」。ホテルのツインルームのような2人用個室です。この「なは」、現役時代はどのような列車だったのでしょうか。

 寝台特急「なは」が運行開始したのは1975(昭和50)年。山陽新幹線の岡山~博多間開業のタイミングと同時でした。新大阪~西鹿児島(現・鹿児島中央)間の寝台特急は「明星」でしたが、1972(昭和47)年の沖縄復帰から間もないことや沖縄海洋博開催に配慮して、1往復を「なは」としたのです。

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寝台特急「なは」のオハネフ25形客車。熊本駅にて(2003年8月、安藤昌季撮影)。

「なは」は581系寝台電車で運行を開始。1978(昭和53)年には運行区間が京都~西鹿児島間に変更されます。1984(昭和59)年、今度は客車列車に変更され、24系が連結されます。寝台車は開放形B寝台車のみのモノクラスでした。

 1986(昭和61)年、一時期7往復もあった「明星」が臨時列車となり、「なは」が関西と西鹿児島を結ぶ主力の寝台特急となります。寝台特急の競争力低下に対しテコ入れすべく、1990(平成2)年に普通車指定席「レガートシート」が連結されます。

 この車両は、昼行特急用グリーン車として使われていた「サロ481形」を改造したものでした。座席は夜行高速バスのような1+1+1列配置で、深々と倒れるレッグレスト付きのリクライニングシートが設置され、車両端には「ミニラウンジ」も備えられていました。

【写真】2022年現在の「なは デュエット」

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