なぜ山手線はウグイス色? 最初は「誤乗防止」が理由じゃなかった⁉ “地味な色の電車”を激変させた真の理由
東京のシンボルとして親しまれている山手線の「ウグイス色(黄緑色)」。しかし戦後しばらくの間、国鉄の電車は汚れが目立たない「茶色」が当たり前でした。カラフルな路線カラーはどのようにして生まれ、定着したのでしょうか。
誤乗車を防げ! 路線カラーを決定づけた識別性の重要性
当初、国鉄は新性能電車の塗色について、現在のように「すべての路線を色で明確に固定する」という統一ルールまでは定めておらず、運用上の都合から他線区のカラー電車が混在して入線し、乗客の混乱を招くこともありました。
そうしたなか、中央線のオレンジ色(101系)や山手線のウグイス色(103系)など、路線によって直感的に色が分かれていることの利便性が評価されはじめます。誤乗防止と識別性向上の観点から、徐々に「山手線=ウグイス色」「中央線快速=オレンジ」といったルールが定着していったのです。
その後、車両がステンレス製の「E231系」や現在の「E235系」へと進化しても、帯の色としてウグイス色は守られ続けています。
当初は「新性能電車の象徴」や「誤乗防止」といった実用的な目的で選ばれた色が、半世紀を経て東京のインフラを象徴する「アイデンティティ」になったといえるでしょう。





山手線は最初は黄色(カナリア色)だが・・・
吊りかけ駆動の茶色い電車に対し、カルダン駆動の新性能電車101系を山手線に登場させた時は「黄色」でした。が、電動車の比率が高く高性能の101系は短距離で力行・制動を繰り返す山手線では不経済でした。そこで101系に経済性から設計を修正したのが103系、この電車が山手線に「ウグイス色」で登場しました。
「黄色」の101系は中央総武各駅停車に転属、茶色の旧型国電と入れ替わりました。
昭和38年から44年の間、山手線の車両不足でカナリアイエロー(黃5号)の車両が山手線内を頻繁に走っていた。
103系の前、101系の時は黄色5号。
103系試作車で黄緑色に変更。以後、山手線は黄緑色に定着。205系からステンレス車になったが黄緑色の色が若干変わった。
さらに細かい事はあるが長くなるから割愛。