「なんか仕事ないスか?」→600万台の大ヒットに!? イタリアの巨匠が日本に“営業”して生まれた名車とは

自動車デザインの巨匠であるジウジアーロ氏が、なんと日産に自ら売り込みに来たことがきっかけで誕生したクルマがあります。40年も続いたロングセラー「マーチ」です。

初代マーチに「リターンマッチ」した人物

 また、「マーチ」という車名は一般公募で決まったものでしたが、このネーミングもジウジアーロ氏が考えた「素晴らしいコンパクトカー」の優位性を広く一般に浸透させるため、効果的に活用されました。

Large 20260629 01

拡大画像

コンパクトで親しみやすいモデルでありつつ、内装のデザインも細部までこだわって作られていた(画像:日産)

 それが人気の絶頂にあったアイドルで、“マッチ”こと近藤真彦氏をイメージキャラクターに起用した広告戦略です。特に「マッチのマーチはあなたの街にマッチする」というフレーズを使ったテレビCMは、その頃小学生だった筆者も鮮明に覚えています。マーチのことを、親しみやすく生活に根差したクルマとして紹介する名コピーであり、多くの人の心に残ったことでしょう。

 ちなみに近年、近藤氏は初代マーチと“再開”を果たしています。近藤氏がクルマ雑誌での連載で、「初代マーチをもう一度手に入れたい」と記したことがきっかけとなり、2025年に初代マーチをレストアする「マッチのマーチがあなたの街にリターンマッチ」プロジェクトが敢行されたのです。

 このプロジェクトには、エムケイカンパニーと日産自動車大学校が協力しており、車両のレストアは日産自動車大学校の学生たちによって行われました。

 なんともホッコリとする話ですが、きっと近藤氏だけでなく、マーチのハンドルを握ったユーザーそれぞれに大切な思い出があるのでしょう。日産マーチは40年間で、全世界累計の販売台数が600万台とも言われています。少なくとも、新車で買った600万人分のドラマが存在するわけです。マーチを愛用した一人一人のエピソードを想像するのも、これまた感慨深いものです。

【40年の歴史の始まり】初代マーチの「デザイン原案」を写真で見る

Writer:

1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。

最新記事

コメント

1件のコメント

  1. ジュジャーロ氏は同時期にFIAT社の「UNO」のデザインをしており、造形的には近似性がある。「UNO」は、ジュジャーロ氏の元デザインに対して忠実な気がするが、日産マーチはジュジャーロ氏の持っているセンスが薄まっているように当時感じていた。日産側がかなりいじってデザインをダメにしたような気がする。真実は知らないけど、その時代に生きてきた者の感想です。