原生林の中で「朽ちていく鉄道橋」が国道沿いに次々と現れる! 約90年前の“美しすぎる橋梁群”が残る廃線跡を追う
北海道上士幌町には、旧国鉄士幌線の廃線跡が「コンクリートアーチ橋梁群」として残っています。最も有名なタウシュベツ川橋梁だけでなく、年月を経た壮麗な橋が見る者を捉えます。
北海道の山中に遺る「アーチ橋群」
かつて全国に路線網を築いた国鉄(現JRグループ)は、1970年代から80年代に利用者減による赤字路線の整理を進め、多くの路線が廃止となりました。そうした廃線跡の一部は道路や自転車道などに転換されましたが、多くはレールが取り外され、残された道床の形状や切り通しから、「そこに鉄道があったこと」を現在に伝えています。
しかし駅のプラットフォームや橋梁などの構造物については、撤去に費用がかかることなどから、そのままの姿となっているところも少なくありません。そうした現役当時の痕跡が、“遺構群”として文化財に登録され残っているところが、北海道上士幌町の「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群」です。
士幌線は「根室本線」の「帯広駅」で分岐し、約80km北の上士幌町「十勝三俣駅」に至る、いわゆる“盲腸線”でした。その歴史は古く、1925年には帯広から「上士幌駅」まで、そして1939年に全線が開通しています。
この士幌線は、上士幌駅から音更川に沿って山に分け入るため、本流や支流を多くの橋で渡る必要がありました。その橋梁群の構造には、現地で採れる資材を使って建設費を抑え、かつ渓谷美に調和させるという目的から、コンクリートのアーチ橋が採用されます。
ただ戦後になり、道東地域の電力需要を満たすために音更川水系に「糠平ダム」を建設することが決まり、糠平駅付近はダム湖底に沈むことになりました。そのため、糠平駅手前の「清水谷駅」から「幌加駅」までの区間で、線路の付け替えが行われます。
旧線は音更川の支流「タウシュベツ川」を渡っていましたが、新線は糠平ダムの東岸に敷設され、あらたな糠平駅が設けられ1955年に移転開業します。そしてタウシュベツ川を渡っていた「タウシュベツ川橋梁」は、1956年に完成した糠平ダムの底に沈みました。
こうして線路が付け替えられた士幌線ですが、先に述べたような赤字路線の廃線の波に抗えず、付け替えから約20年後の1978年には糠平駅から十勝三俣駅がバスに転換され、さらに1987年に全線が廃線となります。かつて音更川やその支流を渡るために築かれた橋梁群は、「士幌線コンクリートアーチ橋梁群」として残されることになったのです。
一方、ダムの底に沈んだタウシュベツ川橋梁跡は、1年の限られた期間、その姿を水上に現すという“珍しさ”から、近年あらためて注目を集めることになります。
糠平ダムの水源は大雪山系に降る雪ですが、この雪は雪解けの遅い春まで山間部に蓄えられるため、ダム湖である糠平湖に流れ込む水量が増えるのは晩春から初夏にかけての時期です。そして水量がもっとも増えるのは、夏から秋にかけてです。
そのためタウシュベツ川橋梁跡は、例年1月くらいに氷結した湖面に姿を現しますが、6月くらいから徐々に水没をはじめ、秋には完全に水没してしまうのです。





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