世界初の「寝台座席可変電車」583系 なぜ生まれ、消えていったのか(写真10枚)

2017年4月8日の運行で、世界でも珍しい寝台電車583系が現役を引退しました。なぜ生まれ、そして消えていったかのか、半世紀にわたる活躍を振り返るとともに、今後の寝台電車の可能性を探ります。

走り続けている「583系の遺伝子」 285系

 現在、583系のように座席と寝台を可変する寝台電車はありません。しかし、寝台電車は現在も走っています。1998(平成10)年に登場した285系電車です。東京~出雲市間を結ぶ寝台特急「サンライズ出雲」と、東京~高松間を結ぶ寝台特急「サンライズ瀬戸」に使われています。昼行列車としての運行はしません。しかし、機関車と客車の寝台列車に比べて所要時間が短く、折り返しで機関車の付け替えが不要という、電車寝台の利点は583系の思想が生きています。

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285系電車で運行されている寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」(2009年2月、恵 知仁撮影)。

 屋根の高い外観や、先頭車の貫通扉も583系の遺伝子といえそうです。583系の先頭車貫通扉は、ほとんど使われませんでした。晩年の臨時列車「シュプール号」で485系電車と連結したときくらいでしょうか。運転台に隙間風が入ると乗務員に不評だったため、多くの先頭車が扉を埋める改造を行ったそうです。

 285系は寝台列車の復権をかけて導入されました。航空機や新幹線の最終便のあとに出発し、航空機や新幹線の始発便よりさきに目的地に到着します。夜の時間を移動に使い、目的地まで乗り換えなしで行けます。その需要は583系の開発当時ほど大きくありません。しかし、寝台電車を必要としている人はいます。中国では高速鉄道にも寝台タイプがあります。日本でも寝台新幹線があったら、一定の需要はあるかもしれません。

 また、晩年の583系の臨時列車のなかには、通路を挟んで片側を寝台、片側を座席とし、1人で寝台と座席をひとつずつ使えるという企画もありました。居間と寝室を備えたクルーズトレインを先取りするようなコンセプトで、583系ならではのユニークな使い方でした。年末年始の臨時列車の需要はありますから、こんな電車を開発して、オフシーズンにお手軽な観光列車があったらいいですね。

 こうした発想も583系電車があればこそです。必要に迫られて生まれた奇抜な発想の583系電車は、鉄道車両の可能性を示した記念碑といえるでしょう。

【了】

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Writer:

乗り鉄。書き鉄。ゲーム鉄。某出版社でゲーム雑誌の広告営業職を経て独立。PCカタログ制作、PC関連雑誌デスクを経験したのち、ネットメディアなどで鉄道関係のニュース、コラムを執筆。国内の鉄道路線踏破率は93パーセント。著書に『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。日本全国列車旅、達人のとっておき33選』(幻冬舎刊)など。

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コメント

13件のコメント

  1. 583系の実績は記念碑に値するが、715系に改造される昭和58年頃はむしろ失敗作という向きが多かった。59-2.60-3改正時車両の新製を極端に減らしたから715.419系で再起出来た。

    そうでなければ50系客車のように早期に全廃された可能性も高い。

  2. 前世紀かつ前元号のころ、583系に乗るために「きたぐに」で立山黒部アルペンルートに行った。これが最初で最後の乗車。

    • 夜行「立山」でしたね。

  3. 現行の「サンライズ出雲、瀬戸」も数年後には車両自体の老朽化がクローズアップされるでしょう、その時点で乗客数や収益面で採算ラインに合っていれば大規模リニューアルや新車導入されるかもしれんが、下手すればコスパの観点から廃止されかねない

  4. 秋田に行くとき、運賃と乗車時間を考えて夜行バスではなく急行津軽にした。

    583系に乗りたかったのもある。

    念のため指定席を予約したが、自由席も空いてるので1ボックスを占領し、勝手にベッドへw

    車掌も判っていて、翌朝客が乗りはじめたら座席に戻すよう言われた。

    山形の真室川で迎えた朝は忘れられない。

    総じて気軽な旅行だった。

  5. 583系に乗った時の一番の思い出は、客室は2段目3段目が格納されたカバーや網棚で天井は高いけど幅が狭く、ちょっと圧迫感があったけれど、食堂車は座席車(グリーン車)にある網棚もなく、天井の幅も広くとても高くて開放感・ゆったり感がすごかったことです。あのゆったり感に浸りたくて、食堂車に足を運んだものです。

    後年、「トワイライト」の食堂車が485系譲りだったので、583系だったらもっとよかったのにとちょっと残念に思ってもいました。

  6. 「寝台座席可変」で車両基地で停まってる時間を減らし、「電車」で折り返しの時間を減らした。つまり最大限走らせる為に造られた車両な訳で、重量を抜きにしても痛みの激しくなる運用をされたはず。更に改造して加減速を繰り返す普通列車で酷使。貧乏国鉄ここに極まれり?

    「きたぐに」の様な夜行急行と昼行急行(夜行以前に絶滅)が設定できてれば、それが当初想定通りの最もふさわしい運用だったろうに。夜行に座席を混在できたし、特急としては座席の足元狭かったし。(広かったという人は、向かいに誰も座ってなかったのだろう)

    「きたぐに」で思ったのは「走るカプセルホテル」。3段とも四角い箱空間ではなくて、下段では大きな窓に寄れば上半身起こせて、ちょっと違った意味で特別感はあった。

    • なるほど一理ありですね。

      北陸本線で言えば「立山(昼行)」「ゆのくに」、鹿児島本線は「かいもん(昼行)」、日豊本線は「日南(昼行)」に宛てられていれば、今よりも格段に名車の誉れ高かったかも知れませんね。

      そして国鉄が存続したか、別の形での継承企業体が営まれていたならば、もう少し早い段階で後継車輌が登場していたか・・・?

    • 実は国鉄末期はJR以上に夜行列車の投資には消極的だったのでむしろ座席車化して消滅という考えもあったでしょう。14系15形が限定的な投入だった事、当初から個室B寝台を改造で行う(設計時は国鉄時代)点にその考え方が垣間見れます。

  7. かっこいい車両だったけど。向かい合わせの席が特急らしく無かった。寝台は高くて乗れなかった。製造当初は目的に合っていたのでしょうが、その後は欠点が目立っていたのですね。

  8. パンタ下にだけ唯一あった2段は、1段分の天井が高く、あの解放感が忘れられません。

    3段の下段では、大窓を占領して、夜の流れゆく景色を眺めたものです。(駅に停まるとホームから丸見えでしたが・・・)

    懐かしいなぁ・・・

  9. 「北斗星」が満席のため1990年代に「はくつる」として青森→上野を利用しましたが、上段寝台は狭苦しかったです。

    おまけにスピード出ると揺れは激しい、両側がカーテンなので圧迫感があったりで、正直良い感想はなかったです。

    やはり寝台特急は絶対ニーズはあるので、週末1往復で良いから上野~札幌間に新世代車両でサンライズエクスプレスを新設して欲しいものです。

  10. 581系、博物館で見たい...

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