日本海軍が建造した「空前の巨大空母」とは 元々は“世界最強の戦艦”になるはずだった悲運の切り札

日本海軍の空母「信濃」は、当時史上最大の空母として登場しながら、未完成のまま竣工後わずか10日で沈没するという悲劇に見舞われています。どのような艦艇だったのでしょうか。

「110号艦」の名称で建造開始

 今から81年前の1944(昭和19)年12月29日、横須賀を出港した旧日本海軍の巨大空母「信濃」が、広島県の呉軍港へ向かう途中、アメリカ海軍の潜水艦による攻撃を受けて沈没しました。同艦は当時史上最大の空母として登場しながら、未完成のまま竣工後わずか10日で沈没するという悲劇に見舞われています。どのような艦艇だったのでしょうか。

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日本海軍の航空母艦「信濃」。現存する写真は非常に少ない(画像:アメリカ海軍)

「信濃」は元々、戦艦「大和」「武蔵」に続く同型の3番艦として、1940(昭和15)年5月に「110号艦」の名称で建造が開始されました。建造にあたり、横須賀海軍工廠に専用のドック(第6船渠)まで建設されています。

 しかし太平洋戦争の開戦が決定的となると、建造に必要な物資を航空機などの生産へ回すため、大型艦の建造が一時中断されます。さらに開戦後は、駆逐艦など小型艦艇の建造や、損傷艦の修理といった需要も急増。戦艦の優先度は下がっていたものの、船体工事は細々と継続されました。

 1942(昭和17)年6月、戦局の転換点ともいわれるミッドウェー海戦において日本が主力空母4隻を失うと、海軍は空母の戦時急造を計画します。また、呉海軍工廠だけが製造できる、大和型戦艦用の46cm主砲を運搬する給兵艦「樫野」が1942年9月に撃沈されたため、呉から横須賀へ主砲を運ぶ手段が無くなり、「110号艦」を戦艦として完成させることも困難になります。そのため、「110号艦」は戦艦として竣工させる予定を急きょ変更し、空母とすることが決定します。

 しかし戦局は徐々に日本側不利に傾いていき、1944(昭和19)年6月のマリアナ沖海戦で、日本海軍は空母3隻(大鳳、翔鶴、飛鷹)を喪失。空母不足は更に顕在化し、「110号艦」は戦局挽回の切り札として、竣工時期が当初の1945年2月から1944年10月15日に早められ、突貫工事が進められます。ただ「信濃」と命名された1944年10月には事実上、日本海軍は空母に搭載する航空機にも事欠く状況に陥っていました。

 建造中にドックへの注水ミスで船体が損傷するアクシデントがあり、11月19日にようやく「信濃」は竣工。基準排水量は6万2000トンと、空前の大型空母となりましたが、日本海軍が決戦と位置付けたレイテ沖海戦(捷一号作戦)には間に合いませんでした。

「信濃」では、先行して建造されていた「大和」から改良された点もあります。過剰とみなされた舷側装甲と水平装甲を10mm減らす代わりに、艦底部の防御が高められました。また、飛行甲板は500kg爆弾の直撃にも耐えられるように設計されるなど、戦訓も反映されています。なお、竣工に先立って公試が行われ、「紫電改」など航空機の発着艦試験が実施されています。

【画像】これが空前の巨大空母「信濃」に着艦した戦闘機です

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