「おしゃれな原宿バイクです」…何それ? ヤマハも追撃した “過渡期すぎる原付” どっちもバイク以外に転生したワケ
「HY戦争」と呼ばれたホンダ・ヤマハの熾烈な販売競争が繰り広げられていた1980年、ホンダは「ラクーン」という、それまでのどのジャンルにも当てはまらないような斬新な原付バイクを発売しました。
ラクーン発売の翌月に発売されたヤマハ「タウニィ」
軟派に見えて走りも意外と侮れないラクーンでしたが、いったい何用のバイクなのか、イマイチ理解されなかった感は否めません。また、ターゲット層だった当時の原宿界隈の若者のなかに、原付で徘徊する人間はそう多くなかったようで、わずか2年で生産終了。遊び心は詰まっていたものの、短命に終わりました。
その一方、ホンダとしのぎを削っていたヤマハは、ラクーンに対抗するかのように翌月の1980年3月、「タウニィ」というこれまた前例のないミニバイクを発売します。
ラクーンは「原宿バイク」という触れ込みでしたが、タウニィは「男のソフトバイク」がコンセプトのモデル。「街は小さなク・ル・マがいい」と、ラクーンと同様のタウン向けモデルとしてアピールしました。タウニィはどことなくラクーンに通ずるユニークさのある外観だった一方、コンセプトはタウニィのほうが洗練されていた印象があり、ターゲットユーザーも比較的明快でした。
ラクーンは電動アシスト自転車に。タウニィは…?
とはいえ、タウニィもラクーンと同様、「原付バイクとしては」1代限りのモデルに終わります。時代の過渡期に生まれた2車でしたが、興味深いことに、どちらも後年まったく違う製品として“転生”を果たしています。
ホンダが「ラクーン」というネーミングを再び使用したのは1994年。今度はオートバイではなく、電動アシスト自転車のモデル名として使用されました。当然、2台の「ラクーン」に関連する点はないものの、スペルまで同一でした。
また、ヤマハ「タウニィ」の名前は、なんと電動車椅子のシリーズ名「タウニィジョイ」として復活しています。同シリーズは2025年4月に生産を終了しましたが、元祖「タウニィ」の登場から約45年ものあいだ使われた、息の長いブランド名となりました。
いずれにしても、1970年代後半から1980年代前半にかけての「HY戦争」期は、ラクーンやタウニィのような珍車的存在感を持ちながらも、実に興味深く愛らしいモデルが多数登場しました。当時のミニバイクのラインナップを見ると、今でもワクワクしたりクスッと笑えたり、楽しい気持ちになる人が多いのではないでしょうか。
Writer: 松田義人(ライター・編集者)
1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。





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