東武を前に歯が立たず…でもない? 「日光戦争」国鉄・JRはどう奮闘したか 一時は優勢?

国鉄けっこう優勢? 東武は切り札「デラックスロマンスカー」

 一方の東武鉄道は、フットレストのついた転換式クロスシートを備えた特急形5700系電車の運行を1951(昭和26)年から開始。所要時間も2時間として、国鉄を突き放します。

 国鉄は対抗すべく、1956(昭和31)年より初めての準急用気動車キハ44800形(後のキハ55形)を登場させます。当時の準急は、近距離で安い準急料金(「日光」では60円)を徴収する列車であり、キハ55形は初の有料列車用気動車でもありました。

 キハ55形は車体幅が2.8mになったことを活かして、当時の急行用客車に匹敵する座席や、客室との出入り口をデッキで仕切る構造など、さながら急行形客車のようでした。エンジンも160馬力を2台備えた320馬力とし、停車駅も特急列車並みに絞ったことで、東武特急と張り合える所要時間(従来の快速より30分短縮し最短2時間4分)を実現したのです。当時の国鉄が新型気動車に期待していたことが伝わってきます。

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「デラックスロマンスカー」こと東武1720系。「私鉄で最も豪華な車両」とも呼ばれた(画像:東武鉄道)。

 キハ55形投入と、予定された国鉄日光線電化に危機感を抱いた東武鉄道は同年、車内にビュッフェカウンターと売店を備え、座席をリクライニングシートとした「デラックスロマンスカー」の前身1700系電車で対抗します。1700系は特急として浅草~東武日光間をノンストップの1時間55分で結びました。しかし翌1957(昭和32)年、国鉄は準急「日光」を東京駅始発とし、利便性で浅草駅を起点とする東武特急を脅かします。

 国鉄日光線の電化も同時進行させ、1959(昭和34)年には準急用車両ながら特急形151系とほぼ同一仕様の157系電車を投入しました。157系はスピードアップにも寄与し、東京・新宿~日光間を1時間57分で結びます。

 東武も黙ってはいません。1700系へ冷房設備を搭載するなどサービス水準を上げつつ、対国鉄の切り札として1960(昭和35)年、1720系「デラックスロマンスカー」を投入したのです。ちなみに157系の冷房完備は1963(昭和38)年まで待つことになります。

 国鉄は東京~日光間だった準急「日光」を延長運転し「湘南日光」として伊東~日光間を直結するなど、利便性で対抗します。1961(昭和36)年からは上野駅を深夜1時に出発し、4時に到着する夜行快速「奥日光」まで運行しました。

【写真】豪華な貴賓展望車が日光線を走った ほか、新型「スペーシアX」のイメージ図など

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