「SE車はやや貧弱」だ? 小田急ロマンスカー展望車の元祖「NSE」 ライバルにどう挑んだか
小田急電鉄の特急ロマンスカーと言えば「運転席が2階で展望席を備える」イメージがあり、最新の70000形「GSE」でも踏襲されています。この「展望席」は1960年代に登場した3100形「NSE」より採用されたもの。3100形とはどんな車両だったのでしょうか。
展望席の歴史
小田急電鉄3100形「NSE」(New Super Express)は、1963(昭和38)年に登場した特急ロマンスカー用の電車です。「運転席を2階とし、客室を車両最前部まで延長して前面展望を可能とした」「喫茶カウンターがあり、シートサービスを行っていた」「連接台車を採用し、振動を抑止した」などの特徴があり、ロマンスカーのイメージを作った車両のひとつです。
展望車自体は鉄道黎明期より存在し、1890年代のアメリカではオープンデッキの展望室を備えたラウンジカーが運行されていましたが、機関車に牽引される列車であり、後方展望を楽しむものでした。
しかし、機関車が不要となる気動車や電車の発達に伴い、前面展望が可能な車両が登場するようになります。1933(昭和8)年に登場した、フランスの「ブガッティ・ガソリンカー」は、車両の中央部天井部分に運転席を設置し、乗客が前面展望を楽しめるという設計でした。また、1935(昭和10)年に登場したドイツ国鉄ET91形電車は、車両の上半分がガラス張りの「ガラス電車」で、運転台の後方から前面展望が楽しめました。
世界的に有名となったのは、1953(昭和28)年にイタリアが製造したETR300形電車「セッテベロ」です。この車両は運転室を天井に上げ、前頭部は曲面ガラスの展望室とされました。豪華な内装に加え映画『ベスビアス特急』で取り上げられたこともあり、1950~60年代の日本では、最も有名なイタリアの鉄道車両でした。
日本では1961(昭和35)年、名古屋鉄道7000形電車「パノラマカー」で、こうした展望室を備えた特急車両が実現しました。小田急も、1951(昭和26)年に登場した1700形電車のころから展望車の導入を検討しており、これは3100形で初めて実現したのです。
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