「ゼロ戦」と同じように飛べって無理! 旧海軍の戦闘機「雷電」誕生秘話 審査した技術士官の胸中は?

旧日本海軍が開発した陸上戦闘機「雷電」。本機の開発に技術士官として関わった鈴木順次郎氏の回想録を紹介します。

この記事の目次

・多彩な海軍戦闘機

・空戦性能の改善

・十四試局戦の計画

・順調な「雷電」の初飛行

・設計者の苦闘

・次から次の大改造

多彩な海軍戦闘機

※本記事は月刊『丸』(潮書房光人新社)1958年8月号に掲載された元技術士官、鈴木順次郎氏の回想録を改訂・編集したものです。

 支那事変中期ごろまでは、戦闘機といえば、空戦性能に重点をおいた艦上戦闘機に限られた感があり、これが支那をはじめその他の陸上基地においても、進攻、防空、攻撃機掩護などの諸目的に使用されていた。

 しかし、その間の戦訓によって、局地防空の重要性が痛感されて、新たに局地戦闘機という新機種を必要とするに至り、この結果生まれたのが「十四試局地戦闘機」であって、これが後に「雷電」と称せられることになったのである。

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試製「雷電改」(J2M3)。一一型の武装を20mm機銃4丁に強化したタイプだ(画像:月刊『丸』提供)。

 また中攻の遠距離爆撃に随伴して、これを掩護する目的のため、当時の単座戦闘機をもってしては得られる見込みのなかった大遠距離に進撃可能であり、さらに重兵装をもった新機種が要望され、双発の掩護戦闘機として計画されたのが、「十三試双発戦闘機」、後の「月光」であった。

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Writer:

1948(昭和23)年2月に創刊した、80年近い歴史をもつ月刊誌。第二次世界大戦における戦争体験者の生の声を収集し、大戦当時の貴重な写真を掲載。発刊元は株式会社潮書房光人新社。

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