アメリカ本土に核爆弾が落ちた! 60年以上前に起きた信じられないミス「犯人は空軍大尉」
1958年、アメリカ本土の住宅地に米軍の核爆弾が落下する前代未聞の事故が発生しました。なぜ自国に核が落ちたのか? 爆撃機B-47の機内で起きた信じられないミスと、現在も残るクレーターの歴史に迫ります。
奇跡の生還と現在に残るクレーター
事故が起きた当時、B-47Eはサウスカロライナ州にあるマーズブラフという小さな町の上空を飛行していました。爆弾は農家であるグレッグ家の母屋と納屋の間付近に落下。放射性物質のコアはなかったものの、コアを爆縮するための起爆薬が爆発し、直径70フィート(約21m)、深さ35フィート(約10m)の巨大なクレーターを作りました。
家と納屋は爆発によって全壊し、飼っていたニワトリは全滅しましたが、周囲にいた6人の家族は幸いにも破片による軽傷で済みました。
事故後ただちにB-47は引き返し、事故発生時の手順に従って落下地点周辺の空中写真を撮影したうえで、出発地のハンター空軍基地へ連絡を入れました。プルトニウムのコアが入っていないにしろ、核爆弾がアメリカの民間の土地に落下して被害をもたらしたのは、これが初めてのことでした。
厳密には、コアの起爆時に核分裂を安定させるための詰め物(タンパー)として、少量のウランが爆弾内部に残っており、これが爆発で周辺に飛び散りました。しかし、のちにアメリカ原子力委員会とロスアラモス研究所の手で除染されています。
事故によって負傷し、住む家を失ったグレッグ一家はアメリカ空軍を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こし、最終的に5万4000ドルの賠償金を得ることができました。爆弾の破片のほとんどはアメリカ空軍によって回収されましたが、一部の破片と関連資料がマーズブラフの近隣にあるフローレンス美術・科学・歴史博物館に展示されているほか、爆弾が落ちたグレッグ家の跡地にあるクレーターがそのままの状態で保存されています。
Writer: 咲村珠樹(ライター・カメラマン)
ゲーム誌の編集を経て独立。航空宇宙、鉄道、ミリタリーを中心としつつ、近代建築、民俗学(宮崎民俗学会員)、アニメの分野でも活動する。2019年にシリーズが終了したレッドブル・エアレースでは公式ガイドブックを担当し、競技面をはじめ機体構造の考察など、造詣の深さにおいては日本屈指。





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