「こんな崖地に駅ビル建てたのか!」 “人工の渓谷”で進む大工事を空から観察 見慣れた工事風景もあと少し?
JR御茶ノ水駅は駅改良工事が進行中で、神田川に挟まれた狭隘地に駅ビルを建設しました。ほぼ完成した模様をお伝えします。
10年以上続く工事も、もう少し
江戸時代初期、徳川幕府は仙台藩に普請を命じ、江戸の駿河台を掘削して人工の川を建設させました。この川は洪水対策や江戸城外濠の役目、水運にと活躍した神田川です。外濠は仙台藩の名を取って「仙台堀」と呼ばれ、人工の渓谷は神田川の川幅ほどしかない狭い空間でした。
明治時代になるとこの狭隘地に甲武鉄道が線路を敷設し、1904(明治37)年、現在のお茶の水橋西側に初代御茶ノ水駅が開業しました。甲武鉄道は当初から都市部の電化に力を入れ、御茶ノ水駅開業当初から電化路線でした。
初代御茶ノ水駅は現在の交番付近に駅舎を構え、階下にホームのある構造でしたが、1923(大正12)年の関東大震災によって焼失。その後、新たな都市鉄道として総武本線が高架橋で都心部へ乗り入れ、御茶ノ水駅が接点となりました。1932(昭和7)年に駅をお茶の水橋東側の現在地へと移転し、2面4線の構造に。旧駅跡地は折り返し用の線路敷地となって、空間が広がっています。
御茶ノ水駅は移転したとはいえ、狭隘地であることに変わりません。そのためホームは狭く、階段のみのバリアフルな構造でした。しかし周囲は大学や大学病院が多く、駅学生はもちろんのこと、病院関係者や通院者の玄関口でもあります。
バリアフリーにしづらい構造ではあったものの、ホーム上部をビルで覆う形で、2012(平成24)年、全面改良工事に着手。2025年5月に「エキュートエディション御茶ノ水」として全面開業しました。
駅改良工事は、準備段階として神田川に仮設桟橋を設置し、駅側の護岸を耐震補強します。仮設桟橋は大型自走クレーンを配し、真上からホームに穴を開けて基礎杭を構築。トラベラークレーンによって、ホームを覆う人工地盤を架設しました。トラベラークレーンは主に橋梁工事で使用され、周囲に自走クレーンが入れない、狭隘地や流水部などに用いられます。駅改良工事は2024年に竣工しています。
エキュートエディション御茶ノ水は黒を基調としたビルで、神田川に向かってテラスを配置しています。御茶ノ水駅は竣工し、現在は架設桟橋の撤去作業と護岸の整備が進められています。すっきりするまで、もう少しかかりそうですね。
Writer: 吉永陽一(写真作家)
1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。日本写真家協会(JPS)正会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。





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